認知症の者の鉄道事故につき妻と子の賠償責任を否定した最高裁判例

 高橋 英伸

2016年04月15日

<ポイント>
◆責任無能力者の同居の配偶者であっても当然に監督義務者にはならない
◆事情によっては事実上の監督義務者として責任を負う場合がある

認知症の高齢者がJRの鉄道に立入り列車に轢かれて死亡した事故につき、JRが遺族の妻と長男に対して損害賠償を求めていた事案につき、最高裁は2016年3月1日、妻も子も賠償責任を負わないという判断を示しました。名古屋地裁の第一審では両名とも責任を負うものとされ、名古屋高裁の第二審では妻のみ責任を負うとされていました。
なぜ、このように判断が分かれたのでしょうか。

民法713条1項は、精神上の障害によって自らの行為を理解する能力のない者(責任無能力)は、他者に損害を与えても賠償責任を負わないことを定めています。本件の認知症の高齢者は責任無能力者でした。
また民法712条は幼い子供について同様の規定を置いています。
そして民法714条は、それら責任無能力者を監督する法定の監督義務者は、責任無能力者に代わって賠償責任を負うことを定めています。例えば親権者が法定の監督義務者に該当します。監督義務者は自ら義務を怠らなかったことを立証(いわば無過失の立証)したときには責任を免れますが、この立証はきわめて困難なものです。
同2項は、本来の監督義務者の代理として監督するものも同様の責任を負うと定めています。例えば、精神病院長です。

第一審は、同居の妻について、不法行為に基づく損害賠償の一般ルールを定める民法709条により、居眠りをして認知症の夫から目を離したことを過失として賠償を命じました。また、同居をしていない子(長男)についても、日常の介護に中心的な役割を果たしていたこと、父の近くに住むなどして在宅介護に必要な措置を取らなかったことを理由に、代理監督義務者と同視しうる立場にあったとして民法714条2項類推適用により賠償を命じました。

第二審は、妻について、夫婦の相互扶助義務等を理由に法定監督義務者に該当し、夫が自宅出入口の一つの出入りを知らせるセンサー付きチャイムの電源を切っていたことを理由に、そこから夫が外に出て徘徊することを防げなかったとして賠償を命じました。他方、子については監督義務者に当たらず、民法709条の過失もないとしました。

これに対して最高裁は、妻について、夫婦だからといって当然に法定監督義務者になるものではないし、諸要素を考慮して特別の事情がある場合には事実上の監督義務者に当たる場合がありうるが、本件妻はこれにも該当しないと判断しました。また、子についても事実上の監督義務者に当たらないとして、両名の責任を否定しました。

本件の遺族は、亡くなった高齢者からそれなりの財産を相続していたようです。
第一審や第二審は被害者の救済を重視して結論を導いたといえます。事故を起こした本人が責任を負わず、その他の誰も責任を負わなければ、被害者は誰からも損害の補填を受けないのに、加害者とその家族の財産は全て確保されることは問題でしょう。

他方、最高裁は、家族が過度の責任を負わないことを重視しました。第一審と第二審が示したように、監督義務者に該当するという判断を前提にすれば、無過失の立証は困難を極めるものです。小さな過失があればもはや無過失ではないからです。本件は、妻も高齢者であり、妻を監督義務者としてこれに無過失の立証責任を課すのは過酷な事案でした。また、同居もしていない子について責任を認めるのも過酷といえました。

被害者の救済の観点から、最高裁は、事情次第で同居の配偶者も事実上の監督義務者になりうるとしてバランスを計っています。とはいえ本件については、被害者のJRは、加害者やその関係者の誰からも救済を受けられないことになります。このような問題については立法的な対応が必要かもしれません。

認知症によって責任無能力者が他人に損害を与えた場合、その者と関係がある者にどのような基準で責任を負わせるかという問題は、裁判所の判断が分かれたことも示すように非常に難しい問題でした。最高裁はこれに一つの解を出しました。実務上、大変影響の大きい判断といえます。