裁判所はDCF法をどのように捉えているか?

 森田 豪

2010年04月01日

M&Aやエクイティファイナンスの場面では、対象企業の株価を算定するためにDCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)を用いることが多いです。DCF法は、企業が将来生み出すフリーキャッシュフローを収益見込みに基づいて計算し、これを現在価値に引き直すことにより企業価値を算定するものです。
将来の収益力を反映させたうえで企業価値を把握しようとするものであるため、企業が継続していくことを前提とする株価算定の手法として適しているといわれます。
DCF法については、収益見込みの前提となる事業計画や、将来のフリーキャッシュフローを現在価値に引き直す際の割引率をどのように設定するかにより結論が大きく異なってくることが特徴として指摘されています。主観的要素により株価算定結果が左右されてしまうという意味では問題点ですが、別の見方をすれば、割引率の適切な調整を通じて関係者の了解を得やすい数値を柔軟に導くことができる点では使い勝手のよい手法であるともいえます。M&AなどでDCF法がよく用いられるのは後者の観点によるところが大きいでしょう。

取引の場面では定着した感があるDCF法ですが、裁判所ではどの程度採用されているでしょうか。
裁判所が株価算定を行う主な場面としては、いわゆる閉鎖会社(譲渡制限会社)で譲渡承認請求が否決された場合や、合併や全部取得に関連して反対株主が権利行使した場合があります。カネボウ事件(事業譲渡)やレックスHD事件(全部取得)は後者に該当します。
対象会社が上場企業の場合には裁判所も市場株価をベースに株価算定を行います。
これに対して、対象会社が非上場の場合は市場株価が存在しないため、いかなる手法で株価算定を行うかがより微妙な問題となります。各算定手法とも一長一短であるため、裁判所は複数の算定手法を併用することが多いです。

他の算定手法との併用も含め、公刊物で紹介されている範囲ではDCF法の採用事例はまだ数えるほどです。
裁判所は、一般論としてはDCF法が継続企業の価値を算定するのに適した手法であることを認めつつも、DCF法の難点として収益見込み(事業計画)や割引率のとらえ方により結論が大きく左右されることをあげています。また、DCF法を採用する場合には鑑定手続きが必要となることも多く、多額の鑑定費用がネックになります。
一方で裁判所は純資産方式について、本来は清算価格であって継続企業の価値を算定する手法としてはベストではないとしつつも、他の算定手法が採用できない場合には消去法的に純資産方式に相当のウェイトをおくケースが目立ちます。

件数として多くはないものの、DCF法が採用された事例をみていくとなかなか興味ぶかいです。
有名な裁判例では、カネボウ事件の東京地裁決定がDCF方式を全面採用しています。
同事件では、形式上DCF法によったとはいえ、結論的にはカネボウの上場廃止時の株価と同額の結論であったことが特徴的です。
また、産業再生機構がカネボウの事業計画に基づいて支援決定しているため(いわばお墨付き)、裁判官としてもDCF法の採用に比較的抵抗がなかったのでは、とも推測されます。
カネボウ事件でDCF法が全面採用された背景には、個別事情による特殊性が少なからず働いているように思われます。

カネボウ事件以後では、福岡高裁平成21年5月15日決定、広島地裁平成21年4月22日決定がDCF法を一部採用しています。
福岡高裁の事件は、結論として純資産法(直近の決算書に基づき約5万円)とDCF法(約22万円)を7:3で併用するというものです(結論的には株価約10万円)。この事例では直近の決算書は株主総会で承認されておらず、しかも前期の決算書によると1株あたり純資産は約10万円だったとのことです。なぜ1年間で純資産が半減したのか判例雑誌からは明らかではありませんが、裁判所とすれば「消去法的に残った純資産方式を全面採用するのも気がひける」という事例だったようにも推測されます。
広島地裁の事件では、DCF法を採用すること自体は当事者間に争いがないことを考慮して裁判所がDCF法を採用したようです(ゴードンモデル方式との併用)。両当事者ともそれぞれDCF法による株価を主張しており、裁判所はそのうち控え目な金額を採用しています。鑑定を行わずにDCF法が採用された事例として参考になります。

裁判所はDCF法の採用に慎重であるといえますが、参考となる採用事例が少しずつ集積してきているのも確かです。当事者・代理人弁護士が積極的に主張を展開していくことで裁判所のスタンスも変化していくのではないかと思います。
他の法的問題についても同様ですが、弁護士として、過去の裁判例は参考にしつつも余りしばられすぎないように取り組んでいきたいと考えています。