続・認知症の者の鉄道事故につき妻と子の賠償責任を否定した最高裁判例

 高橋 英伸

2016年11月15日

<ポイント>
◆同居の配偶者について諸事情を考慮し準監督義務者にあたるかが問題となる
◆諸事情の評価基準はっきりしておらず下級審判断の集積が待たれる

認知症の高齢者がJRの鉄道に立入り列車に轢かれて死亡した事故につき、JRが遺族の妻と長男に対して損害賠償を求めていた事案で、最高裁は2016年3月1日、妻らが賠償責任を負わないという判断を示しました。
精神上の障害によって自らの行為を理解する能力のない者(責任無能力者、重度の認知症患者等)は、他者に損害を与えても賠償責任を負わない代わりに、「法定の監督義務者」が賠償責任を負うと民法は定めています。監督義務者は自ら義務を怠らなかったことを立証したときには責任を免れますが、この立証はきわめて困難です。
従前、下級審は、同居の配偶者は法定監督義務者に当たるとして、その責任をほとんど無条件に肯定する傾向がありましたが、最高裁は、家族が過度の責任を負わないことを重視し、配偶者につき、法定監督義務者にならないことを明らかにし、諸要素を考慮して特別の事情がある場合には「法定の監督義務者に準ずべき者」として責任を負う場合がありうるが、本件妻はこれにも該当しないと判断しました。
以上については、2016年4月6日号で説明しました。

本号では、どのような場合に「法定の監督義務者に準ずべき者」(準監督義務者)に当たるかにつき解説します。これについて、最高裁は次の判断基準を示しました。
「法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは、その者自身の生活状況や心身の状況などとともに、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべき」

難解ですが整理すると、次の事情を総合考慮し、準監督義務者に当たるかが問題となる者が精神無能力者を「現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易」であったといえるか否かを判断するということになります。
1 準監督義務者に当たるかが問題となる者の生活・心身の状況
2 責任無能力者の生活・心身の状況
3 準監督義務者に当たるかが問題となる者と責任無能力者の身分上・生活上の関係

1については、例えば、準監督義務者に当たるかが問題となる者自身が介護無しに生活できないような状況は、責任無能力者を監督し難い事情として考慮されるでしょう。
2については、責任無能力者の徘徊や他害行為が普段から起こっていた状況は、監督義務者性を肯定する方向の事情として考慮されるでしょう。
3については、同居していない、普段会わないといった事情が、監督義務者性を否定する方向の事情となるでしょう。

しかし、このような考慮要素は、責任無能力者と疎遠になればなるほど、介護等に無関心であればあるほど、監督義務者性が否定されることになりそうだが、このような結論は常識にそぐわないのではないかといった疑問が出てきています。また、現段階では、どの要素がどの程度重視されるのか不明です。

同居の配偶者等につき、監督義務者性が容易に肯定されてきた傾向が一変し、案件毎に個々の事情を精査して準監督義務者に当たるかどうかを判断しなければならなくなったという意味では、法的安定性を低めた判断ともいいうるところです。高齢者が当事者となる事故や事件は増加が続いているため、今後、本判決を踏まえた下級審の判断が集積されていくことになると思います。そして、一定の集積があるまで、準監督義務者性についての判断がばらついてしまう懸念があります。