生物学上の父子と法律上の父子

 片井 輝夫

2014年08月01日

<ポイント>
◆DNA鑑定で生物学上の父でない場合でも法律上の父とされる場合がある
◆外形的な夫婦関係が継続しているときに妊娠した子は、出生から1年経過すると誰も父子関係を争えない

最高裁は、婚姻中に生まれた子と父との間にDNA鑑定で血のつながりがないことがわかった場合、法律上の父子関係を否定できるかについて争われた3つの事件で、夫婦関係継続中に妊娠した子については、その出生を知った日から1年以内に嫡出否認の手続をとらない限り、DNA鑑定で生物学上父でないことが明らかな場合でも父子関係を否定できないと判決しました。今回、最高裁が判決したのは事件は3つありあります。

3事件のうち2事件は、子から戸籍上の父に対して父子関係の不存在確認を請求した事件です。1番目の事件は、妻が夫と同居中に、2番目の事件は、夫が単身赴任中に、いずれも妻が他の男性の子を妊娠した事例です。この2事件では、少なくとも外形的には夫婦関係は続いている状態で、離婚を前提に別居していたというような事情はありませんでした。これらの夫は、自分の子として一定期間育てたようです。その後、いずれの夫婦も離婚しましたが、DNA鑑定で、元夫と子との間の父子関係がないことが明らかになったという事案です。そして、子(実質的には親権者である母親)側が、戸籍上の父に対して、DNA鑑定で父子関係がないことがはっきりしている場合は、夫の子であるという嫡出推定が働かない場合に当たるので、嫡出否認の出訴期限(子の出生を知ってから1年)経過後でも、父子関係不存在確認の訴えができると主張して訴訟を提起したものです。これに対して、元夫は、この場合は嫡出推定が働く場合であり、しかも自分の子と考えて一定期間一緒に過ごしたのであるから、生物学上の子でないからといって法律上の父子関係を否定すべきではないとして争いました。この2事件の高裁は、本来、生物学上の父子関係と法律上の父子関係は一致させるべきだという考え方に立ち、民法が作られた明治時代とは異なり、父子関係の存否をほぼ100%証明できる科学的手法が確立しているのだから、DNA鑑定で父子関係がないことが明白なときは、嫡出推定規定は働かないとして、子側の主張を認めていました。

3番目の事件は、同じく、妻が夫婦関係継続中に妊娠出産した事例で、その後、夫婦が離婚し、元夫がDNA鑑定したところ、自分の子でないことが判明したとして、戸籍上の父から子に対して、出生から1年以上経過後に、父子関係が存在しないことの確認を求めた事案で、高裁で、父子関係不存在を認めなかった事案です。

民法は、婚姻中に懐胎(受精)した子は夫の子と推定するという規定と、婚姻成立の日から200日以降に生まれた子、婚姻解消後300日以内に生まれた子は婚姻中に懐胎したものと推定するという二重の規定を設けています。この規定による子を推定される嫡出子といいます。もちろん、夫は、自分の子でないと思ったときは、子に対して嫡出を否認する権利を持っています。嫡出否認は、夫から子に対して夫婦間の子であることを否認することをいいますが、家庭裁判所の手続を経なければなりません。また、民法は、嫡出否認の権利を夫にのみに与えており、妻や子、あるいは実の父親にはその権利を与えていません。例えば、婚姻後200日以前に出生した子は、推定されない子になります。この推定されない子については、嫡出否認のように出訴制限はなく、父からはもちろん、母、子、その他利害関係のある親族からも、いつでも父子関係不存在確認訴訟を提起することができます。ただ、判例では、離婚協議中で夫と長く別居していたとか、長期に刑務所に入っていたというように夫との性交渉の機会が外形的にもない場合は、嫡出推定が働かず、いつでも父子関係を争うことができるとされています。

今回、最高裁は、この3つの事件について、外形的に夫婦関係が継続している間に妊娠した子は、民法の嫡出推定規定が働き、DNA鑑定によって父子でないことが科学的に明確になったとしても、嫡出否認の訴えの出訴期限を経過すると、法律上の父子であるとし、1,2番目の事件については、高裁判決を破棄して、子からの訴えを認めませんでした。同様に、3番目の事件についても、父から子への訴えも認めませんでした。

民法は、法律的父子関係が生物学的父子関係と一致しないことがあることを当然の前提としています。民法は、夫が子の出生を知ってから1年経過後には、子や妻に対して、「この子は俺の子ではないから育てる義務はない」というような主張を許さないことにしているのです。つまり自分の子でないことがわかっても、自分の子として育てなさいという、男にとっては非常に過酷な規定です。同時に妻・子・本当の父その他の親族からも、「あなたはこの子の父ではない」という主張を許していません。このように、嫡出推定と出訴制限規定は、早期に子の地位を確定させて、夫に扶養義務を果たさせることを目的としていると同時に、父以外の者によって家庭の平穏が乱されることがないようにしているのです。

最高裁判決は、民法の嫡出推定制度の立法趣旨を尊重した妥当な判決と思われます。嫡出推定規定は、明治時代に作られた古い規定で現代にはそぐわないという意見がよく見られますが、DNA鑑定を理由にいつでも、誰でも父子関係を争うことができるとなると、家庭は極めて不安定なものになり、その弊害は返って大きなものとなるでしょう。