新しい検察審査会制度始まる

 片井 輝夫

2009年06月01日

いよいよ本年5月21日から、裁判員制度が実施されましたが、これと同時に新しい検察審査会制度が始まりました。
検察審査会制度は従来からある制度です。刑事犯罪については、基本的には警察が捜査を行い、検察官がさらに捜査して、有罪に持ち込めるか、あるいは起訴に価するかどうかを判断して起訴か不起訴かを決定します。起訴の権限は検察官が独占しており(起訴独占主義)、起訴するか否かの裁量権も検察官が握っています(起訴便宜主義)。この検察官の持つ絶大な権限の行使を、国民の視点から監視・抑制しようとするのが検察審査会制度です。
告訴・告発をした者や被害者が、検察官の不起訴処分に不服があるとき、検察審査会の審査を求めることができます。検察審査会の委員は、裁判員と同様、国民から無作為に抽出された人達で構成されます。ただ、従来の規定では、検察審査会が起訴相当と議決しても、その議決には法的拘束力はなく、検察庁は、その事件を必ず起訴する義務はありませんでした。したがって、検察審査会が起訴相当と議決しても、検察庁はこれを無視して再度不起訴にする例が大半でした。このために、従来の検察審査会は、多額の費用をかけている国の機関としてはあまり機能していなかったといえます。
今でもこの検察審査会制度の存在自体知らないという国民も多いのではないでしょうか。今回の改正では、この検察審査会制度も改正され、検察審査会が2度起訴相当と議決した場合、弁護士が検察官に代わって必ず起訴することが義務づけられる制度になりました。つまり、検察審査会の議決に法的拘束力を与える改正がなされたのです。

この改正は、裁判員制度と同様、国民の司法への参加という理念に基づいています。確かに検察官の不起訴処分の中には捜査を怠っているのではと思える事件もあります。特に、容疑者が警察官や権力者である場合には、身内意識や権力者への気兼ねから不起訴処分に流れやすいといえます。したがって、検察官の権限を監視・抑制する必要があることは理解できます。
しかし、検察審査会制度がどの程度現実に効果を発揮するかというと疑問なしとしません。というのは、検察官が不起訴とする事件の中には、有罪と思われるけれども、証拠が不十分で公判を維持できないと考えられる事件もあるからです。そういった事件について、検察審査会が安易に起訴相当とすると、問題が発生します。現実問題として、検察官に代わる弁護士が公判を維持するに足りる証拠収集や捜査が可能かという問題もあります。
また、検察審査会は不起訴の当不当を議決するだけで、有罪判決をするわけではないので裁判員裁判よりも判断に慎重さを欠く可能性も否定できません。マスコミが犯人探しのキャンペーンをしている事件とか、なにか権力者が犯罪を隠蔽しようとしているようにみえる事件では、安易に起訴相当とされる可能性もあります。検察審査会が起訴相当と議決して起訴された事件の大半が、裁判所で無罪になってしまうというのでは、この制度は逆に冤罪を生む悪法ということになりかねません。
また、通常では起訴猶予処分になる軽微事件なのに、検察審査会が、被害者の過剰な報復感情に影響されたり、芸能人、公務員、権力者やその関係者などに対する処罰感情から安易に起訴相当とすると、不要あるいは不公平な刑罰を与える結果になります。
これまで検察審査会は、審査を申し立てても拘束力がないために申立の件数も少なかったと思われますが、法的拘束力を持つとなると、申立件数の増加や申立の乱用が心配されます。適正な運営が望まれるところです。