損害保険・代理請求制度に関する裁判例

 高橋 英伸

2017年10月15日

<ポイント>
◆高次脳機能障害の被保険者に代わり父へ支払った保険会社が免責された事例
◆実務上やむをえないがしばしばトラブルを招くおそれのある代理請求制度

2016年7月15日、札幌高裁は、自動車総合保険契約の約款一般条項に定められた代理請求制度(後述)が問題となった事案につき判断を下しました。
この事案は、バイク事故を起こして脳挫傷等の傷害を負い高次脳機能障害を残した原告が、損害保険会社に対し、同社が原告の父に対して搭乗者傷害保険金等を支払ったことは無権限者に対する支払いであるなどと主張して損害賠償を求めたものです。

同社の約款には、「被保険者に保険金を請求できない事情がある場合」で、かつ、被保険者の代理人がいないときに、被保険者と一定の身分関係がある者が被保険者の代わりに保険金を請求でき、この請求に応じて保険金を支払った保険会社は、その後、被保険者から保険金請求を受けても保険金を支払う義務を負わないとの定めがありました(以下「代理請求制度」といいます)。一定の身分関係としては、優先順に、同居の配偶者、同居の3親等以内の親族、同居していない配偶者などが定められていました。なお、損害保険において被保険者とは事故によって損害を被った人を指します。

本件で原告には障害等級3級の高度の高次脳機能障害が残りました。具体的には、一応会話は可能なものの意思疎通は断片的で、記銘力低下、見当識障害、人格変化(易怒性等)などがあり、地域社会には全く対応できず、家族の観察・協力によりかろうじて生活している状況となっていました。

保険会社は、保険契約者であるバイク店から事故の連絡を受けて被保険者である原告に連絡を取ろうとしたものの長らく連絡が取れず、事故から2年ほど経って原告の父と連絡を取れました。そこで同社は、父に代理請求制度により後遺障害の認定を受けるための案内をして、父から保険金請求書などの必要書類の提出を受け、他の必要書類も入手して、原告の傷害を3級と認定した上で保険金の大半を父名義の口座に送金しました。

その約1年後に父が亡くなって原告が単独で相続し、代理人弁護士が訴訟提起をしました。
背景事情は分かりませんが、原告が父を相続したところ、もらったばかりの多額の保険金が見当たらなかったといった事情が考えられます。相続時に保険金が存在すればトラブルにならなかったと考えられるからです。

本訴では「被保険者に保険金を請求できない事情」があったといえるかが主たる争点となりました。原告は、原告自身が保険会社担当者と連絡を取り、保険会社に書類を送ったことなどから原告には保険金を受け取る能力があったから「保険金を請求できない事情」があったとはいえないと主張しました。
これに対して札幌高裁は、保険会社の主張を容れ、原告が高次脳機能障害によって障害3級と認定されたこと、担当者が警察から、原告が警察で不可解な言動を繰り返していると聞いていたことなどを踏まえ、「保険金を請求できない事情」があったとして保険会社を免責しました。

保険会社はしばしば、被保険者と連絡が取れない、被保険者と意思疎通ができないといった状況に直面し、払うべき保険金を払えなくなります。このような場合に備えて代理請求制度が約款上設けられています。
もっとも、この制度によって本件のように損害を被った被保険者以外の者が保険金を受ける場合が出てくれば、使い込みなどのトラブルが生じるおそれがあります。使い込みがあれば、被保険者は実質的には損害をてん補されず、使い込んだ者が不当に利得を得ることになり、被保険者あるいはその代理人等と使い込んだ者、また本訴のように保険会社も当事者となった紛争を生じるでしょう。
そこで「被保険者に保険金を請求できない事情」の認定は実務上極めて厳格に行う必要があります。事実上、代理請求者と被保険者の人間関係や生活状況も十分検討し配慮すべきでことになります。

ところで、弁護士の立場で考えると、依頼者から事件を受任する際にその意思能力に疑問がある場合、代理制度のような約定はもちろんないので、原則通り、医師の判断を経るなどして依頼者の意思能力の有無・程度を確認し、必要があれば裁判所に後見人や保佐人を選任してもらって後見人等を代理人として依頼者との間で委任契約を結びます。依頼者を当事者とする事件につき、法定代理人ではない親族から依頼を受けて親族に依頼者の分の賠償金を渡すなどということは決してしません。このような弁護士の実務からすれば損害保険の代理請求制度にはおそろしい面があります。

話を戻しますが、本件では、保険会社は原告の父に、父が保護者に選任された審判書の謄本や父が全ての責任を負うという念書を提出させるなどしており、かなり慎重な手順を踏んだことが窺われます(なお、保護者は精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に基づくものと思われます。現在、保護者制度は廃止されています。)。また、保険会社の代理人は、代理請求制度における代理人は一定の範囲の親族等に限られており、類型的に代理権を濫用するおそれの乏しい者であると主張していました。
しかし、結果としては訴訟にまでなっており、弁護士の感覚として「やはりトラブルになったか」と思ってしまいます。親族であっても使い込みは当然に想定されるべき問題だからです。原審の札幌地裁が、成年後見人を選任できないと記載された念書を父に提出させたと認定するのみであるため詳しい事情は不明ですが、本件で本当に成年後見人を選任できなかったのか疑問が残ります。
もし、保険会社が父を強く促し、裁判所の監督の及ぶ成年後見人等に父などが選任されていれば、本訴は起きなかったのではないでしょうか(使い込みなどの問題が発生する可能性は下がり、法定代理人に支払った保険会社が義務違反等を理由に提訴されることもない。)。

なお、本件判決は最高裁により受理申立不受理決定がされ確定しています。