嘘との戦い

 高橋 英伸

2017年12月01日

<ポイント>
◆嘘をついて金銭の支払いを求めることは詐欺
◆嘘を見抜かなければならないことと見抜きすぎて煙たがられるジレンマ

人は誰でも嘘をつきます。子供のころの嘘は例えば、母:「宿題やったの?」子:「はい」というようなもので、嘘が露見しても許されてしまうかわいい嘘で済みますが、大人になってからの、例えば、発注者:「きちんと製品の最終検査をしましたか」、受注者:「はい」というような嘘は、嘘が露見すれば取引を打ち切られるといった重大な危険をはらむものになります。前者と後者では、嘘をつかれた方が不利益を被るか否かという点で根本的に異なりますが、嘘をつく方の自分に不都合なことは隠したいという心情はほぼ同じと考えられます。大人になれば経済面、時間的余裕、その他の諸事情によって、責任や不利益を回避するため、嘘をつきたくなる機会が増えていくように思います。うがった見方をすれば、大人達は、嘘をついた場合とつかない場合のどちらが結果としてマシであるか、嘘がばれた場合をも想定して、嘘をつくか否かを日常的に判断しているように思えます。

さて、弁護士は、相手方と依頼者が互いに嘘つきと罵り合う場面に日常的に出くわします。互いに同じ事実を言いながら評価が異なる場合はどちらも嘘をついていないといえますが、評価以前の生の事実(例えば、特定の約束をしたか否か)について主張が異なる場合、どちらかが嘘をついていることになります。
弁護士としていいたいことは、嘘をついて他人に金銭の支払いを求めることは詐欺であり、人として許されないことだということです。相手方に対しても、自分の依頼者に対しても同じです。平気で嘘をつく当事者はこのことを忘れているのではないかと思います。

弁護士のところに事案が回ってくると、弁護士は証拠を集め始めます。証拠によって、何が真実か、いいかえれば、誰が嘘をついているかが炙り出されていきます。民事の場合、嘘が露見しても本題で負けることとは別に制裁を受けることは稀ですが、嘘の内容があまりにも悪質であれば、詐欺等として刑事で立件されるケースがしばしば出てきます。他方、真実を主張した者が立証に失敗し、嘘を主張した者が勝つケースも珍しくはないでしょう。
嘘をついている当事者の代理人となった弁護士にとっては、受任後の展開で、最後まで嘘に気付けないケース、疑わしいが嘘と断定できるほど証拠がないケース、嘘であることが明らかなメースに分かれていきます。気づけない場合は知らないうちに悪の片棒を担がされたことにはなりますが、気づけなかった以上どうのしようもありません。疑わしいと感じた場合にどのように対処するかは弁護士によるのかもしれません。嘘ではないかと依頼者を追及すべきであるという考え方もあれば、嘘と断定できる証拠がない以上は信用すると割り切る考え方もありうるのかもしれません。他方、明らかに嘘と分かった後も対外的に真実と主張することは故意に悪の手助けをすることに外ならないので決して許されません。この場合は辞任するか、依頼者に真実を話させるかのいずれかを選択すべきことになります。

弁護士は嘘つきに不当な利益を得させてはならないということにはなりますが、とはいえ、初回相談の冒頭に「あなたが嘘をついたら私は許しません、即辞任します。」と断る弁護士はいないでしょう。誰にとっても、嘘を見抜こうと虎視眈々と構えている者は煙たく、最初から疑ってかかる態度を鮮明にするのは商売上何の得もないからです。

最後に、なぜこのようなテーマを書いたかについて。最近、当事者の一方に、小さいけれども明らかな落ち度があることに乗じ、他方当事者が不当に高額な賠償を求めるケースを複数経験しました。被害の内容に嘘があるということです。弱みにつけ込んでいるケースともいえるでしょう。また、ある保険会社が、保険金の不当請求をする者がごく稀にいると書いている一節を読み、それは真実ではないだろう、大勢いるだろう、一々摘発しない方が客は集まるのだろうかと考えさせられてしまいました。こういったことから、人間不信になったということではなく、人々の嘘との付き合い方はつくづく難しいと考えてしまいました。