受傷するとは考えられない交通事故の科学的立証について

 高橋 英伸

2017年09月01日

<ポイント>
◆むち打ちを起こす衝突速度に下限がない現状は問題がないか
◆被害者救済と賠償金(保険金)詐取阻止のジレンマ

今回は少しタブーに踏み込んでみたいと思います。

追突事故が起きた場合、前車の乗員は無防備な状態で後方から衝撃を受け、重量のある頭部が衝撃によって前後に動き、これによって頚部が前後に屈曲、伸展することになります。この程度が日常生活上の負荷を超えるものであれば頚椎捻挫、いわゆるむち打ちを起こします。
むち打ちは多くの場合、レントゲンやMRIなどで異常を発見できません(画像所見で頚部に異常(神経の損傷や骨折)が見つかる場合はむち打ちの範疇ではなく、症状も激烈な場合が出てきます。)。画像等で客観的に症状の原因を解明できない場合、医師の診断は患者の説明する事故態様と訴える自覚症状によらざるをえません。医師としては患者がむち打ちの症状を訴えている場合、説明に矛盾がなければひとまず加療1~2週間程度の診断書を発行せざるをえないようです。

しかし、医学的な証明が難しくもっぱら被害者(患者)の訴えによって診断するということは、被害者の嘘に基づいて診断してしまう危険性が高まります。
そして、被害者の中には嘘をつく人が少なくないようです。仮に被害者の嘘に基づいて診断書が作成され、被害者がその診断書を証拠として加害者から賠償を受けた(保険金の支払いを含む)とすれば、それは端的にいえば詐欺です。

交通事故による損害賠償の実務、とりわけ自賠責制度は性善説によって運営されているといっても過言ではありません。被害者が痛いといえば医師は診断書を書き、診断書を受け取った弁護士も証拠があるのだから加害者に賠償を求めていくことになります。自賠責も証拠があるのだから保険金を払うことが圧倒的に多くなります。

また、かつて時速10~15kmで衝突しても受傷はしないという理論(無傷限界値論などという)が裁判所に採用されていた時期がありましたが、低速衝突実験などによって時速5~7kmでも受傷しうることが証明されてその理論は採用されなくなりました。

もっともその結果、受傷速度の下限が無くなってしまっているのが現状のようです。具体的には、例えば駐車場内の事故やクリープ現象による発進による追突事故など、時速3km以下ではないかという極低速の衝突事故でもむち打ちを訴える被害者が存在し、自賠責がほとんどのケースで保険金を支払い、裁判所としても自賠責が認めているなら受傷を否認しにくいと考えてしまうようです。このような現状にあるため、受傷の有無や症状の残存期間に関する多数の虚偽申告に基づく賠償が行われていることは否めません。

他方、むち打ちは自動車事故で発生する典型的な怪我であるため、自動車製メーカーも対策に力を入れており、今日では少々の衝撃では乗員が受傷しないような車体になっています。自動車メーカーの立場では怪我をするはずがないような事故なのに、賠償の現場では怪我をしたとして補償がされている、そんなギャップが広がっているようにも思います。弁護士としても真の被害者が適切な賠償を受けるためには力を尽くしたいと考えますが、本当に受傷したのか疑わしい被害者の賠償請求を担当することには内心躊躇を覚えるものです。

このような現状を打破するために、可能であれば科学的に受傷速度の下限を画せないものかと考えます。