元従業員による転職先での顧客情報流用が不法行為とされた事例

 高橋 英伸

2008年10月15日

東京地方裁判所は、2007年1月26日、医師向け有料職業紹介業を営むA社に勤めていた元従業員Bが、A社で勤務中に収集した顧客情報を持ち出し、同業を営む転職先C社でそれを利用して勧誘文言を含むメールを送信した行為について、A社に対する不法行為が成立し、C社も使用者責任を負うと判示しました。

この事件で主に争点となったのは、(1)Bの行為が違法かどうか、(2)A社の顧客情報の価値が損なわれたか、また、損なわれていればその額はいくらかというものです。

(1)については、A社は、Bは雇用契約上の秘密保持義務を負っていたから、BはA社が秘密情報として保管していた本件顧客情報を無断で持ち出し、C社で営業に利用した行為は秘密保持義務違反となり違法であると主張しました。
東京地裁は、労働者には労働契約に基づく付随的義務として、信義則上、秘密保持義務があることを認めました。
その上で、東京地裁は、本件につき「A社が、本件持ち出し情報の持ち出しと利用を許諾していない以上、本件においては、違法性を阻却するに足りる特段の事情のない限り・・・(Bの本件行為には)違法性が推定される」と判示しました。
以上を前提に、東京地裁は、本件顧客情報は、A社が保有する顧客にかかる情報であって有用性が認められ、C社に知られていない情報であるから秘密性も認められたのに、BがA社に無断で本件情報を持ち出し、C社の営業に利用する目的でそれを利用したと認定し、Bの行為は違法としました。
BおよびC社は、Aから本件顧客情報の持ち出しを禁じる指示・説明はなかったからBの行為は違法ではないなどと主張しましたが、東京地裁はそれらの主張を認めず、Bの行為が違法でないといえる特別な事情(=「違法性を阻却するに足りる特段の事情」)はないとしました。

(2)については、A社は、Bが本件情報を無断でC社の営業のために利用したことで情報の価値が半減し、本件情報の獲得及び保有にかけた費用の半分が損害であると主張しました。しかし、東京地裁は、収集に要した費用の立証がされたとはいえない上、本件では収集に要した費用が情報の財産的価値であるともいえないとして、A社の上記主張を排斥しました。
A社は、予備的に、顧客に対する信頼低下による損害発生を主張していました。この点について、東京地裁は、本件顧客情報取得の際には秘密厳守が前提とされていたから、C社の従業員の立場にあるBから勧誘メールを受取った医師らがA社に対して不信感や相応の疑いを抱いたのは当然であり、A社には信頼低下の損害があるとして、150万円の損害を認めました。
なお、本件のような信頼や信用の低下による損害額は、裁判所が様々な事情を考慮して裁量で決めるため、基準は必ずしも明らかでありませんが、一般に低額といえるでしょう。

最後に、東京地裁は、Bの本件行為はC社の事業の執行についてなされたものとして、Bの本件行為につきC社にも使用者としてBと連帯しA社の損害を賠償する責任があるとしています。

本件では民法が規定する不法行為の問題として争われましたが、同種事件では、刑法上の業務上横領や不正競争防止法上の営業秘密開示行為等の問題として争われることもあります。
情報記憶媒体の発達で顧客情報などの持ち出しは非常に容易となっていますから、会社が、同業種の企業で勤めていた者を雇用する場合は、本件のような問題が発生する可能性があるので注意が必要です。