人材と競争政策に関する検討会報告書について(2)

 嶋津 裕介

2018年06月15日

<ポイント>
◆企業の行為による企業間の人材獲得競争への影響が問題
◆人材と企業組織との情報量・交渉力の格差に留意
◆秘密保持目的・人材育成投資用回収目的とのバランス

公正取引委員会の「人材と競争政策に関する検討会」が2月15日公表した報告書について、前回はその背景と目的、検討対象等について説明しました。
今回、総論の第2回目として、人材獲得競争をめぐる競争に独占禁止法を適用する際の基本的な考え方を説明します。
報告書は、独占禁止法上問題となる企業の行為を各論で列挙していますが、その判断のうえで総論を理解しておく必要があるでしょう。
なお、報告書は、個人が企業からの発注または雇用契約等に基づき、企業に役務を提供するという観点から、企業を「発注者」または「使用者」、個人について「役務提供者」または「労働者」と呼んでいますが、本稿ではそれぞれ、企業、人材と呼ぶこととします。

まずは独占禁止法上の問題を検討すべきは、企業側の行為なのか、人材側の行為も対象となるのか、ということです。
この点、報告書では、人材獲得市場においては、人材の行為が人材間の競争に影響を与える場合と、企業の行為が企業間の競争に影響を与える場合の二つがあり得るとしています。
ただ、人材側は企業に対して弱い立場にあることを踏まえ、人材による行為が、人材獲得市場における市場メカニズムへの悪影響をもたらすことは、通常想定しにくいとして、独占禁止法上の観点からは、主として企業の行為による企業間競争への影響が問題となる、としています。

また、報告書は、企業は人材が提供する仕事を利用して商品やサービスを市場に供給していることから、企業は、その商品やサービスを供給する市場でも競争しているとしています(商品・サービス市場)。
そのうえで、人材獲得市場における企業による人材に対する行為が、商品・サービス市場において自由競争減殺や競争の実質的制限を生じさせる場合には、その商品等の水準を低下させ消費者利益を損なう弊害もあると考えられるとしています。

次に、報告書は「影響が及ぶ競争の範囲の特定」について記しています。
人材が提供する仕事の種類は様々なので、各企業がある行為を行っても、それが人材獲得市場全般における影響をもたらすことはなく、特定の種類の人材の獲得をめぐる競争にとどまるとしています。商品・サービス市場における競争への影響についても同様です。
したがって、人材獲得市場や商品・サービス市場における競争のうち、企業の行為によって影響が生じる競争の範囲がどのようなものかを特定する必要があります。

そして、人材獲得市場においては、人材が、当該企業以外の企業に対して仕事を提供することが可能かということを踏まえる必要があるとしています。
その際、仕事の内容によっては、提供可能な企業の範囲に広狭があり得ること、人材が当該企業以外の企業に仕事を提供するには、転居が必要な場合など、変更が容易でない場合もあり得ることにも注意が必要だとしています。
また商品・サービス市場においては、企業による行為の対象となる(人材の)仕事を利用して需要者に供給する商品・サービスに代わる、別の商品等が需要者にとって存在するかということを踏まえる必要があるとしています。

さらに報告書は人材獲得市場における次のような特有の事情について留意する必要があるともしています。
(1)個人たる人材と企業組織とでは情報量・交渉力の格差が存在すること。
人材獲得市場において市場メカニズムが十分に発揮され、人材の適材適所の配置が行われるためには、条件等が適切に開示・明示されることで、憲法22条の職業選択の自由や、誰とどのような取引をするかという選択の自由が(実質的に確保されることが)必要であるが、人材と企業組織とでは情報量・交渉力の面で大きな格差があり、この点で通常の企業間取引とは異なるとしています。
(2)秘密保持を目的とした行為
企業は人を通じて企業秘密が他企業に漏えいしないように秘密保持という正当な利益確保が必要な側面がある一方、人材が誰とどのような取引をするかの選択の自由を侵害する側面もあり、両者のバランスについて留意が必要としています。
(3)人材育成投資費用の回収を目的とした行為
また、企業は移籍や転職に関して制限することがあり、これには人材育成投資に対するインセンティブ保持のため必要という議論がある一方、人材側の選択の自由を侵害する側面もあり、両者のバランスについて留意が必要としています。ただ、人材投資についてその費用や利益の算出も比較的容易であり、またその回収のため人材側に制限を課すことが不可欠とは直ちにいえないことにも留意が必要としています。

次回、以上を踏まえ、各論として、複数の企業が共同して人材との取引条件を決定すること(共同行為)の違法性について説明します。