交通事故訴訟増加の理由・新聞報道への反論 

 高橋 英伸

2014年12月01日

<ポイント>
◆早期解決が依頼者にとっても弁護士にとってもベスト
◆裁判(訴訟)を受けることは市民の権利
◆弁護士が就いて初めて十分に裁判所を利用できる
◆報酬の過大請求は市民による司法アクセスとは別の改善されるべき問題

2014年10月25日、読売新聞は、簡易裁判所における交通事故事件の件数が10年間で5倍に増えたこと、この背景に司法改革により急増した弁護士が報酬目当てで意図的に審理を長引かせている事情があるなどという内容の記事を掲載しました。しかし、交通事故事件を手がける私としては大いに疑問を感じる内容でした。同様に考えた弁護士は他にも少なからずいたようで各弁護士のブログ等で取り上げています。くしくもこの少し前の同月1日、私は本メルマガの記事で訴訟提起には慎重な判断を要すると書きました。本稿は前回の続編として、上記新聞報道も踏まえ、訴訟提起前後の弁護士の方針、報酬に関して説明します。なお、他社でも同種報道があったように記憶していますが控えがないので、読売新聞の記事のみ参照しています。

記事によれば、全国の簡易裁判所に提訴された交通事故訴訟は平成25年で1万5千件超であり、これは10年前の5倍に当たるということです。また、簡易裁判所では弁護士に依頼せず訴訟当事者本人が審理に参加する案件が比較的多いのですが、代理人弁護士が就く割合は10年間で約6割から約9割に増加し、平均審理期間は4.1ヶ月から5.5ヶ月に増えたということです。

では訴訟件数が増え審理期間が伸びたのはなぜでしょうか。これについては弁護士が報酬を増やすためだという意見がありますが、大いに疑問があります。

弁護士の報酬の決め方は大まかにいえば2種類あります。一つは1時間当たりの単価を決めて執務時間に応じて定めるタイムチャージ方式です。もう一つは主に依頼者の経済的利益の大小によって額を決める着手金・成功報酬方式です。
前者の場合は手続が進めば進むほど、また、手間がかかればかかるほど弁護士報酬が増えます。そこで、示談から訴訟に進めば訴状等書面作成や期日の出頭等で執務時間が増えるため報酬も増えることになります。

しかし、弁護士費用特約が普及した後、報酬を増やすために訴訟提起し、審理を長引かせようとする弁護士が増えたかについては非常に疑問があります。理由は2つです。

まず、普段から保険会社と付き合いがありその契約者の案件を手掛ける弁護士の場合、ほぼ全ての案件を着手金・成功報酬方式にしています。この方式の場合、例外を除けば、仕事が増えた分報酬も増えるということにはなりません。
示談が訴訟に移行した場合は追加着手金が発生しますが続行事案であるため額は控えめですし、成功報酬は成果次第ですが少額の案件では示談でも訴訟でも変わりはありません。他方、訴訟になれば手間が大幅に増えます。
つまり、示談であれ訴訟であれ、早期にスマートに解決して報酬をもらうのが弁護士にとってはベストということになります。早期解決は依頼者にとってもベストでしょう。なお、これは交通事故に限った話ではありません。

二つ目の理由ですが、訴訟をすれば判決で裁判所が弁護士費用を認定してくれるものの、この環境に変化はありません。現在の裁判所の考え方では、裁判所が認める賠償額の1割程度を弁護士費用と認定します。そうすると、賠償額が高額な事案では弁護士あるいは保険会社の定める報酬基準よりも弁護士報酬が高くなる場合がありえます。しかし、簡裁で扱われる事案は、法律で請求額140万円以内とされ、交通事故に限っては請求額40万円以下の案件が過半数ということです。そこで例えば、裁判所が認める賠償額は10万円、弁護士費用は1万円という判決は日常よく見られます。少額の交通事故案件で裁判所に弁護士費用を認定してもらおうと考える弁護士は皆無です。

要するに大多数の弁護士は、少額の簡易裁判所案件につき弁護士側から積極的に提訴をする動機を持たず、あくまでも事案のなりゆきと当事者の意向を受けて提訴をしていると考えられます。

問題は、タイムチャージ方式を取って無駄に長い時間をかけて請求していると思われる事案や、依頼者の経済的利益を過大に見積もって着手金を請求する事案が散見されることです。私も保険会社から弁護士より過大な請求を受けたと相談を受けることがあります。このような事案が上記のような新聞報道に繋がるのかもしれませんが、そうであれば遺憾というほかありません。弁護士報酬については弁護士会の内規があります。

「弁護士は、経済的利益、事案の難易、時間及び労力その他の事情に照らして、適正かつ妥当な弁護士報酬を提示しなければならない。」

そこで例えば、勝ち目の薄い請求を前提に着手金を算定してはならないし、無駄な労力をかけて報酬を提示してもいけません。過大請求事案は場合によっては弁護士会による懲戒事由になります。報酬の算定は必ずしも容易ではないのですが、依頼者、保険会社や社会に誤解され、不信を持たれることのないように弁護士が常に注意を払わなければならないのは当然のことです。

本題に戻りますが、交通事故につき訴訟件数が増えたのはなぜでしょうか。最大の理由は弁護士費用特約の普及に伴う訴訟需要の掘り起こしにあると考えます。これは事故が起きて相手方に賠償請求をする際に必要となる弁護士や訴訟等の費用が保険金によってまかなわれるというものですが、平成24年で約2000万件もの契約件数となっています。これにより従来泣き寝入りしていた人が納得いくまで手続を進められるようになりました。例えば、10万円賠償してもらいたいのに示談では2万円の提示しか受けられない場合に、20万円の弁護士費用を自己負担して訴訟提起する者はほぼいないでしょう。以前であれば、2万円だけでももらって示談しようということになっていたでしょう。
しかし、弁護士費用特約があれば自己負担なく弁護士に相談し、示談や訴訟を依頼することができます。この特約により潜在的な訴訟需要が顕在化したことは間違いありません。そもそも、裁判を受ける権利は市民の最も基本的な権利です。情報格差のあるなかで示談をするしか選択肢がなかった時代を脱して、市民が公正な裁判を受けやすくなったこと自体は肯定的に評価すべきではないでしょうか。

では審理期間が伸びたのはなぜでしょうか。これは代理人弁護士が就く事案の割合が増えた影響でしょう。
簡易裁判所の審理は当事者本人が対応することも念頭にある程度簡易化されているとはいえ、訴訟手続で当事者がどういう主張をしてどういう立証活動をすべきかは民事訴訟法により細かく規定されています。代理人のいない当事者が訴訟対応するのは労力、心理の両面で非常に負担になるでしょう。裁判所や相手方弁護士としても、素人の当事者が書いた主張書面を読み解き、証拠を評価し、進行予定を立てるのは非常に骨が折れます。当時者が伝えたいことが思ったように伝わらない場合がありえます。そして、当事者本人が出頭しているのであればその場で当事者の意思確認や事情聴取ができます。このような事情から代理人のいない事案はいきおい早期の和解、判決に持ち込まれる印象があります。
他方、双方に代理人がいれば、まずは書面ベースで双方の主張、証拠の整理の手続がされ、証人尋問を経て判決に至る、場合により判決までに和解の協議があるという専門家同士による通常の訴訟手続が一通り踏まれていきます。この観点からは、地方裁判所の事案と比較しても平均5.5ヶ月という審理期間は長いとは思えません。むしろ以前より当事者の手続保障が厚くなったという評価ができるようにも思います。もちろん、一般市民にとって5.5ヶ月にわたる審理は長いと思われるかもしれません。もっともこちらは交通事故に限らない訴訟一般に内在する審理期間短縮の問題として裁判所と弁護士が議論するべき事柄と思います。