中小企業経営承継円滑化法について

 片井 輝夫

2010年05月15日

中小企業の創業者に数名の相続人がある場合、事業承継者となる者とその他の相続人との間で相続争いが生じ、円滑な事業承継が困難になることがあります。また、複数の相続人が、その法定相続分に従って分散して相続すると、親族関係にある者からの様々な容喙を受けて、後継者の経営が困難になることがあります。
創業者が生前の早い段階で、後継者と目する者に、自己の所有する会社の株式を生前贈与して名義を変更したとしても、その後創業者が亡くなった場合、生前贈与された株式は後継者への特別受益とされて、計算上死亡時の評価で遺産に算入されてしまい、遺産分割時に多額の精算を強いられることがあります。
創業者は、遺言によって後継者に多くの遺産を与える内容の遺言をすることもできますが、妻や子には本来の法定相続分の2分の1にあたる遺留分を侵害する遺言の場合は、遺留分の限度まで返還を請求できる権利があります。これを遺留分減殺請求権といいますが、この遺留分の額を計算する場合も、後継者に生前贈与された株式の評価は、贈与のときではなく、相続の開始の時、すなわち創業者死亡の時の評価額で計算されることになります。

中小企業の会社の創業者に、長男、次男、三男の3人の相続人がいたという例で説明します。
創業者は、長男を会社の後継者と考え、その時に所有していた会社の株式1万5000株を長男に贈与しました。贈与を受けたときの1株の時価は100円で、長男は価格にして150万円の贈与を受けたことになります。その後、長男は会社を引き継いで会社を発展させました。30年後に創業者が亡くなりましたが、死亡したときには、会社の株式は、1株当たりの評価額が1万円の会社になっていました。
創業者は、別途、死亡時に保有した預金3000万円を息子3人で各1000万円ずつ相続させる遺言を書いていました。

上記のケースの場合、民法の基本ルールによると、まず、亡くなった創業者の遺産を計算することになります。前記のとおり、生前贈与は遺産として計算され、しかもその評価は死亡時になりますから、創業者の遺産は、生前贈与した株式1万5000株の死亡時の評価額1億5000万円と預金3000万円の合計額1億8000万円になります。つぎに、次男・三男の遺留分は、法定相続分の各3分の1の半分の各6分の1ですから、金額でいうとそれぞれ3000万円になります。したがって、次男と三男は、遺言で1000万円貰えても、遺留分である3000万円には足りませんので、その不足分2000万円をそれぞれ長男に支払うことを請求できます。長男は、多額の現金を用意して、会社の発展にも貢献していない次男や三男に支払わなければいけなくなってしまいます。

この問題を解消するために、2008年(平成20年)10月から「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」が施行されています。
この法律は、中小企業の旧代表者が事業を円滑に後継者に承継させるためのもので、主に、民法の遺留分に関する規定の適用を回避できるようにすることと、旧代表者が死亡や退職した場合に、代表者の資産のうち中小企業者の事業の実施に不可欠なものを取得するための資金の融資制度や、当該中小企業にも信用保証枠を拡げるなどの有利な制度が設けられています。

中小企業(製造業では資本金3億円以下、従業員300人以下。業種によって条件は異なります。)の旧代表者から会社の株式の生前贈与を受けた後継者は、旧代表者と推定相続人全員の同意を得て、経済産業大臣の確認を経て、当該生前贈与の評価額を固定したり、または遺留分の計算に算入しないことの許可を、家庭裁判所に申立てできるようにしています。
評価額を固定するときは、弁護士や公認会計士などの証明が必要になります。また、そもそも、推定相続人全員の合意などできるのかという懸念もありますが、旧代表者が、まだ推定相続人らに対して強い発言力を有している間であれば、推定相続人の合意も比較的容易に得られると考えられることから、後継者への円滑な事業承継を考えている代表者にとっては、資金支援制度や納税猶予制度も相まって有用な制度かもしれません。