「M&A」というコトバのひびき

 森田 豪

2010年08月15日

報道でM&Aという用語に接することは珍しくなくなりました。
少し前にはいくつかの業種で国内大手企業同士の統合(その後の白紙撤回)が話題になり、最近では中国企業が日本企業を買収するという報道もよくみられます。
M&Aは企業の合併・買収という意味です。なんとなく語感としては「乗っ取り」を連想してしまう部分があるかもしれませんが、両社間の合意により友好的にすすめるケースも含みます。
また、M&Aは大企業だけの専売特許ではなく、地域の中小企業でもM&Aはありえます。事業承継のために中小企業のオーナー社長が若い後継者に株式を売却するのも一種のM&Aです。
少し違う場面になりますが、倒産した企業を救済するためにスポンサー企業が100%減資などの方法で経営権を取得するのもM&Aにあたります。

ひとくちにM&Aといってもいろんなケースがあります。
社会的、経済的な意味合いはそれぞれですが、企業の統合・買収をひっくるめてM&Aというのであれば、社会における現象としてそれほど珍しくはありません。
概念として相当に広いものです。

弁護士も業務上M&Aに関与する機会があるわけですが、実際にM&Aの手続きをすすめていくうえでは、できるだけ「M&A」という大げさな表現は避けたいものだと感じます。
「M&A」というコトバが報道レベルで日常的に用いられるようになっても、買収される企業の従業員の目からみれば、自分の勤務先の経営主体が変わるということにどうしても不安を感じます。統合のあとは合理化と称してリストラが待っているのでは…という不安です。
従業員だけでなく、取引関係先が不安に感じることもあるでしょう。たとえば、地元密着でやってきた中小企業が大企業に買収されるとなれば、地元の仕入先、取引先としては「いままでどおりに取引してくれるのだろうか?」という懸念を感じることがあります。
経営主体の変更にともない関係者のなかにこのような不安、抵抗を感じる者が出てくることはある意味ではつきものですが、「M&A」という用語を持ちだすことにより、不安感、抵抗感がよけいに増幅してしまうように感じます。
「M&A」という用語には、敵対的乗っ取り、あるいは身売りなどといったネガティブなイメージがつきまとうところがあるのは否定できませんし、印象としても大げさです。
資金難の企業で従業員も事情を察している場合であれば、「○○さんとこがスポンサーになって資金援助してくれる」といえば従業員としてもやむなしという印象かもしれません。
それをわざわざ「M&Aで○○社に買収される」と大げさにいうと、自社の弱みにつけ込んだハゲタカに乗りこまれるようなイメージになってしまいます。

「M&A」というコトバは大げさで、ともすればネガティブなイメージがつきまとうように感じているので、私自身は「M&A」という表現はつかわずに手続きをすすめるようにしています。
それでも、利害関係者のなかに納得していない方がいる場合、ザワザワした雰囲気のなかで「M&A」というコトバが聞こえてきたりします。
従業員側の抵抗が強かったある案件では、従業員向け説明会を開催したところ一部の従業員が「M&Aされるんかい」と何度も言っていたのが印象に残っています。
コトバがひとり歩きしないようにケアしていくのも弁護士の仕事だなぁと感じた次第です。