執筆者:昭和芸能デスク
2006年02月15日

最近、テレビ等のメディアを見ていて、韓国が以前より身近になったと強く感じます。
4年ほど前の韓国留学中は、日本人とわかると『韓国語を学んでくれて有難う』と声を掛けられたり、『日本人はあまり韓国に興味がありませんね』といわれたりしました。よく言われることですが、双方にとってまさに『近くて遠い国』でした。
第39回事務職員エッセイ『日本の中の大阪の中の私』で、河原さんが韓国旅行の際に感じた、国民性の違いと人間としての共通点について触れていましたが、私も韓国留学中には日々そういったことを感じました。特に、西洋と比べて韓国は似ているところが多く、それゆえに異なる部分はより印象的に感じられます。
また、韓国人だけでなくいろいろな国の人と接する機会が増え、それまであまり考えなかった、自分が日本人であること、アジア人であること、東洋人であることなどを意識するきっかけになりました。韓国での留学経験は、私の大きな糧になったと思います。

さて、前回『韓国留学記』と題し、空港到着から、言葉がままならないため下宿先へやっとの思いでたどり着いた話をしましたが、もちろん留学というからには、その後しっかり勉強しましたので、今回はその授業の内容等を簡単にご紹介したいと思います。

私が通った延世大学語学堂は、1959年に設立された韓国で最も古い歴史をもつ大学付属の外国人向け韓国語教育機関です。同校では全部でレベルが6段階に分かれ、年4学期制になっていて、正規課程は1年半で全レベルを修了します。優秀な人は飛び級しますが、私は地道に1年半でその課程を修了しました。場所は首都ソウルの北西にあり、市街地からは約15分くらいの新村(シンチョン)という町に位置しています。バス停もすぐ前にあって大変便利なところです。留学中お世話になった下宿先も大学に程近いところにあり、ほぼ1年半の大半をその新村で過ごしました。
新村は学生の街として知られ、延世大学のすぐ斜向かいには、お嬢様学校として有名な梨花女子大学があり、そのほか映画館、飲食店等が多く集まって、いつも学生たちでにぎわっています。正門から地下鉄の駅に向かってまっすぐ伸びる道沿いの教会前にはホットク(はちみつ味の平たい揚げパン)屋さんが冬だけ屋台を出していてそこのホットクはおいしいのでおすすめです。

授業は1クラス10名前後で行われ、その年の学生数にもよりますが、おおむね各級とも10クラス程度はありました。日本では通常1級が最上級ですが、語学堂では1級から始まり数とともに進級し、6級課程で卒業式を迎えます。7級課程が一応ありますがより専門的な言語教育課程のため一般学生は少なく、ロシアや東南アジア等の諸外国から特別プログラムで来ている留学生が主に進級します。
7級進級者も含め、卒業式はみなほとんどが正装で臨みます。男子学生のほとんどはスーツ姿ですが、女性はそれぞれお国の民族衣装を着たり、韓服、いわゆるチマチョゴリを着て出席し大変華やかです。ベトナムのクラスメイトはアオザイを着ていて素敵でした。
振袖を着る人もいましたが、私は実家から送ってもらうのは大変ということもあり、せっかく記念なので韓服を着ることに決めました。
友人は、卸問屋で布地を買って韓服を新調していましたが、留学費用も底をつきかけていた私は、持って帰る費用も考えて買うのはやめ、レンタル衣装を借りて着ることに。
レンタル屋さんは、新村の隣駅アヒョンの中のずらりとウェディングドレスが立ち並ぶ一角にありました。
韓服も日本の着物と同じく、色や模様など細部にこだわると高いものはキリがありません。色の組み合わせもさまざまで目移りしましたが、淡い色合いが気に入ったので上が白いチョゴリ、下は山吹色のチマにしました。靴までは予算がまわらなかったので、セットでそのままついてくる白い靴にし、当日は美容院に行って韓服に合わせた髪にセットしてもらい、よい思い出の締めくくりになりました。卒業写真をお見せできないのが残念です。

これから折に触れ、留学中に出会った人々や出来事もお話して、韓国にもっと興味を持ってくださる方が増えればいいなと思います。