2007年07月01日

本年の1月に第2子を出産しました。5年ぶりの出産です。そのため昨年の12月から4月までお休みをいただいておりました。
クライアントの方々にはご迷惑・ご不自由をおかけして申し訳ありませんでした。
今後ともよろしく御願いします。

今回は子育てについての雑感について書きたいと思います。

産休中「負け犬の遠吠え」というエッセイで一躍有名になった酒井順子さんの作品で「少子」というエッセイを読みました。
要はなぜ子供が少なくなっているのか、ということを考察した本なのですが、その内容は一言でいうと、「今の時代、産むか産まないかは個人の自由。子育ては大変だから産まない人が多い。」ということに尽きるような気がしました。

では、実際にはどうなのだろう、と考えてみると、やっぱり大変です。
「あかちゃんのドレイ」(大久保ヒロミ作)という人気育児漫画があるのですが、その名のとおり、赤ちゃんが生まれた日から母親は赤ちゃんのドレイであり、トイレにも好きなときには行けないしズボンを引っ張り上げるときのゴムの音でも赤ちゃんは起きて大泣きする、などの日々の細かなエピソードなどが満載の漫画です。
軽妙な語り口で書かれているので、読むときはげらげら笑って読むのですが、育休中の我が身を振り返ってみるとまさにそのまま自分の姿であり、お母さんがどんどん自分の身なりにかまわなくなっていく様子や、主婦性湿疹(水仕事のしすぎによる手荒れ)の場所まで同じなのには、笑えないものも感じました。

これから労働力が不足するという見込みもあり、子供を産んだ女性でも働き続けられるような取り組みをしている企業もあるようですが、保育所問題もいまだに深刻なようです。
私の住んでいるところも、保育所は比較的充実していると聞いたのですが、市役所に問い合わせたところ、「来年の4月までは無理です。来年の4月でも確実に入れるかわかりませんよ。」ときっぱり言われてしまいました。
幸いにも、入所希望日の直前に空きが出て入所できることになったのですが、一時期は本当に心配しました。

核家族化の影響もあり、赤ちゃんを育てる知識が不足しているお母さんが多いにもかかわらず、社会的なサポートもまだまだ不足しているように感じます。
助産婦さんへの相談の電話などもつながりにくく、つながってもなぜかいらいらして叱りつけるような言い方をする人にあたってしまったこともあります。ちなみに私の相談は(一人目のときのことですが)、「赤ちゃんがなかなかげっぷをしないので、ずっと抱っこしていなければならない、どうしたらよいか。」というものでしたが、おそらく60歳前後と思える相談員の方から「そんなことしてたら、あなたほかのこと何にもできないじゃない!大変じゃない!」と、それで困って電話しているにもかかわらず、いきなり叱りとばされてしまいました。
もちろん、ほとんどの方は親切なのですが、この種の公の機関のごく一部の人が高飛車で、育児中のお母さんが落ち込んだりするという話はよく聞きます。
お母さんでもあるタレントのハイヒールのモモコさんもテレビで全く同じことを言っていたそうです。
実際に、子供の健診で、ベテランと思える指導員に他のお母さんが大声で子供の虫歯についてものすごく偉そうに叱りつけられているのを聞いてしまい、ぞっとしたこともあります。
最近は、市で行われる健診や予防接種などでは、不愉快な思いをしないよう(わからないので教えていただく、という姿勢でおとなしくしているとすごく偉そうに言われたりすることがあるのを経験上知ってしまったので)、(特にある程度の年齢の)担当者が親切な人かどうかわからない間は、どちらかといえば法廷で相手方に対応するときのような心持ちで応対するようになってしまいました。
確かに、新米ママは長年専門家をしていた人から見れば頼りなく思えるでしょうし、足りない部分や、なっていない部分は多いと思います。でも、そういった部分をサポートするためにこそ公のサービスがあるのですから、ごく一部の心ない担当者の態度には疑問を感じます。
特に子供を産んで間もない母親というのはとてもナーバスだったりしますし、社会との接触が少なくなっているときに子供のことで高飛車に批判されたりすると、ちょっとしたことで非常に落ち込んだりすることがあるので気をつけてほしいな、と思います。

ながながとネガティブな面について書き連ねてしまいましたが、私自身についていえば子育て自体はとても充実して楽しいものです。
当事務所の片井弁護士の奥様が「子供を育てているときが私の人生で一番充実していた。」とおっしゃっていたそうですが、私もきっとあとでそう思うのだろうなあと感じます。
子供を連れて歩いていると、若い会社員風のお兄さんが階段でベビーカーを運んでくれようとしたり、いままで予想もしなかった人のやさしさに触れることもでき、私自身の社会を見る視点が少しだけ増えたような気がします。

「少子」を読んでいて、子育て中の人が子育ての楽しさや幸福感をうまく伝えることができれば、少子化はストップできるのではと思いましたが、今はまっただ中でうまく伝えられそうもありません。
肉体的にはきついにもかかわらず、時間の進むのをゆっくりにしたい気がする、と言えば少しは伝わるでしょうか?
いつか、どこがどのように楽しくて幸福感があるのかということを客観的に伝えられるようになれば、また改めてエッセイを書きたいと思います。