2005年07月01日

弁護士報酬(一般には「弁護士費用」とも言われます)の仕組みや金額について、世間ではあまり知られていません。
多くの人が、自分はめったに弁護士の世話になることはない、と思っているからでしょうか。
それもありますが、弁護士や弁護士会からのPRや説明が不足しているのも事実です。
自分が受任する案件についてすら、依頼者に弁護士費用の説明を十分にしない弁護士がいます。
最近は、各法律事務所で「報酬基準」を作成し、事件受任に当たっては、依頼者に十分説明したうえ、「委任契約書」を作成しなければならないことになっています。
弁護士に事件を依頼するとき、もし弁護士がこのようなルールを守っていなければ、その弁護士はルーズか、信用できない弁護士だと思って下さい。

弁護士報酬のうち、「着手金」について説明します。
弁護士が事件を受任するときは、まず着手金について依頼者と話し合いをします。(終わったあとの成功報酬についても話し合いはなされますが。)
話がつくと、依頼者はその着手金額を弁護士に支払い、同時に委任状を弁護士に手渡します。
弁護士は、原則として、着手金と委任状の両方を受領しないと事件処理に着手しません。
もっとも、着手金・委任状を受領しながらなかなか事件処理に着手しない不心得者の弁護士もたまにいます(場合によって懲戒処分の対象となります)。

着手金の額をいくらにするかは、弁護士にとっても依頼者にとっても難しい問題です。
まず、一般的にその基準となるのは、その案件の「経済的利益」です。
その案件の処理が首尾よく運んだ場合、依頼者にいくらの経済的利益がもたらされるか、ということから算定します。
しかし、事案には経済的利益が把握しやすいものと把握しにくいものがあります。
例えば、「1000万円の売掛金の回収」という事案であれば、はっきりその1000万円が経済的利益です。請求する場合(原告)でも、請求される場合(被告)でも同じです。
ところが、離婚したい夫か妻がそれを拒否する相手を被告として「離婚請求訴訟」を起こす場合、その経済的利益はわかりません。人生の喜怒哀楽や幸福度を金銭に換算することはできません。(離婚請求に付随する財産分与や慰謝料は別の話です。これは金銭の話です。)
会社の内紛の解決、などという案件も、その経済的利益を把握するのは相当に困難です。
各法律事務所の「報酬基準」には一応想定される事案についてその経済的利益をどう見るかが記載されてはいます。

経済的利益を判断しにくい、またはそれだけでは合理的な金額が出てこない、という場合は、いろいろな工夫や考え方をしながら依頼者と話し合いをせざるを得ません。
私自身の一つの工夫として、この案件を依頼者の期待どおりに解決できたとしたら、依頼者はどの程度うれしいか、ありがたいと思ってくれるか、ということを目安にする場合があります。
100万円が手に入ったときくらいのうれしさか、1000万円が手に入ったときに匹敵するくらいにありがたいか、というように、依頼者の主観的、感性的評価を想像するのです。

また、その案件の処理に弁護士としてどの程度の時間とエネルギーを投入しなければならないと予測するか、という観点も重要です。依頼者にもたらす利益やありがたさは小さくても、低額の着手金では弁護士側がペイしないということがあるからです。

それやこれやの観点から依頼者と話し合いをした結果、双方の思惑が一致せず、着手金額について折り合いがつかないこともあります。この場合は、弁護士はやむを得ずその案件の受任を断ります。

ところで、「着手金・成功報酬方式」とは異なる「タイムチャージ制」と言われる弁護士報酬システムがあります。
これは、その事案の経済的利益を基準にするのではなく、もっぱら担当弁護士(複数の場合もあります)がその事案の処理に従事した時間を基準にします。
その従事時間にその弁護士の1時間当たりの報酬単価を掛けて報酬額を算定します。
アメリカの弁護士や、日本でも海外事案を扱う弁護士ではむしろこの方式が原則です。
1時間当たりの報酬単価は、有能な弁護士は高く、そうでない弁護士は安いということになります。平均的には3万円程度でしょうか。
このシステムの欠点は、解決するまで何時間分のチャージを支払うことになるのか事前に予測できないことです。その結果、経済的利益は多くないのに、弁護士費用が嵩む(場合によってはその方が高額になる)ということも生じ得ます。
加えて、一般人にとって、弁護士を前に話をするのに、時計が刻々と時と金を勘定していると思うだけでストレスと欲求不満がつのります。文字どおり「時は金なり」ですから、言葉を厳選し、社交辞令、雑談などは省いて最小限の時間で会話を切り上げないといけません。
その点、「着手金・成功報酬方式」は、はじめに経済的利益さえ意識しておけば、着手金も成功報酬もその一定パーセンテージですから、予測がつきます。
また、敗訴した場合は成功報酬を支払わなくてよいのですから、その点も安心です。

当事務所の報酬システムは、原則として、「着手金・成功報酬方式」を採用しています。
しかし、場合によって、「折衷方式」を取ることもあります。
折衷方式とは、着手金は低額のタイムチャージ制とし、成功報酬はそれとは別に、成功の度合いによって「報酬基準」に当てはめて支払っていただく、というやり方です。
弁護士にとっては、成功を勝ち取ることによって成功報酬を期待しうるので、着手金のタイムチャージはいわゆる「手間賃」の範囲内に押さえることができます。
但し、成功報酬が期待うすの場合は、着手金のタイムチャージを少し高くすることで調整することになります。

もう一つ、上記のいずれでもない報酬システムもあります。
アメリカでときどき採用される「コンティンジェントフィー」というものです。「成功報酬制度」とも言いますが、上記の成功報酬とは意味が違います。
着手金は一切なし、実費すら依頼者に負担させない、その代わり、勝訴したときは、獲得額の30%から50%という高額の報酬を弁護士が受け取るという方法です。
依頼者にはまったく経済的な負担やリスクがなく、弁護士には勝訴しなければ報酬も立て替えた実費も受け取れないというリスクがあります。そのリスクの見返りとして、勝訴したときは高額の報酬(実費込みの)を受け取ることができる、こういうシステムです。
主に、不法行為に基づく損害賠償請求事件で、被害者たる原告の代理人弁護士が採用する方式です。
弁護士にとっては、ハイリスク・ハイリターン、ギャンブル的なやり方です。その見地から、最近まで日本では原則禁止されていました。