2005年03月01日

前回のエッセイでも書いたとおり私は漫才が好きだが、漫才師と弁護士には共通点があると思う。
そもそもどうしてそんなことを考えるかというと、私が弁護士登録して6年が経とうとしているが、登録したてのころから仕事に難しさを感じて落ち込みそうになることが少なからずあった。
そんなとき、テレビで漫才をボーッと見て、「こいつらホンマおもろないな」と悪態をついていて、ハタと気が付いたのである。
自分の仕事が上手くいかないというのは、「客にウケない」ということではないか、他人(ウケない漫才師)の悪口は言うくせに、自分は難しい、難しいといって悩んでいるだけでは意味がない、稽古をしろ、稽古を!、師匠や兄弟子(事務所のボスはじめ先輩弁護士)の技を盗まんかい!
全くこんなバカバカしいことを考えている弁護士は、もしいたとしても大阪で5人を超えないと思うが、私はお笑い至上主義ゆえ、何でもお笑いに例えて考えてしまう。
もちろん弁護士は基本的には一人で仕事ができるのでピン芸(一人芸)が基本ではあるが、単に自分が漫才が好きだという理由で、無理矢理を承知で弁護士と漫才師の似ているところを思いつくままに挙げてみたい。

まず「しゃべってナンボ」の仕事である。
漫才師は言うまでもない。
弁護士がしゃべる場面として想像しやすいのは、法廷の証人尋問のシーンである。例えて言うなら、大阪地方裁判所の大法廷はNGK、すなわち、なんばグランド花月である。相方のボケに的確なツッコミを入れるの同様、相手方証人の矛盾を付いて的確な尋問をするには、周到な準備(ネタ作り)と咄嗟のアドリブが要求される。裁判官に自分の主張をかいつまんで説明するときにも熟練した話芸が要求される。
もっとも、「しゃべってナンボ」がさらに如実に表れるのは、依頼者からの法律相談に応じるときである。個人であれ、会社であれ、依頼者がどの点で困っているのか、どういう法律を駆使すればどのような解決ができるか、依頼者が(意識的または無意識的に)求めている回答は何か、依頼者に不利なことを言うときにはそのことを前提に次どうしたらいいかをどう伝えたらいいか、時には感情の問題をどうやったら解決できるか、などなど頭をフル回転させ、言葉を吟味しつつ、同時進行で依頼者から話を聞き、会話をするのである。
ここで大事なことは、単なる「おしゃべり」であってはいけないということである。
面白い漫才師には、決してよくしゃべるという感じがしない人が多い(ダウンタウン松本、ティーアップ前田、フットボールアワー岩尾、南海キャンディーズ「しずちゃん」などなど)。こういう人たちは得てしてセンス抜群であり、にじみ出る面白さがある。ポロッとつぶやいた一言で、「わっ」と客を沸かせる。「笑いの基礎理論」もきっとあるのだと思う。
弁護士もそれと同じで、たとえ少ない言葉であっても、絶妙の間合いで、依頼者のニーズをがっちりつかむような「しゃべくり」をしなければならない。その根底には法律の理論や知識はもちろんのこと、経験、センス、論理的思考、社会常識、人間観察などなど様々な能力が要求される。

次に台本作家としてのセンスも要求される。
漫才には台本がある。台本作家が別にいるケースもあるが、若手などは自分達の感性を生かして、ネタを練りに練り、稽古を重ねて、ブラッシュアップしていくことが多いのであろう。
弁護士の場合も裁判で主張する事柄を書面にまとめて裁判所と相手方に事前に提出する「準備書面」というものがある。
紛争を法的に分析して、紛争の本質は何か(どこでウケを狙うか)、その本質部分で有利な結果を導くにはどうすればいいか(どうしたらウケが取れるか)、なおかつ、裁判官が「ふむふむ」と読んで納得できるような書き方(ネタの運び方)はどうすればいいか、などなど。
さらに弁護士が台本を書かなければならないのは、裁判の場に限られない。
敵対する相手方との交渉、企業の合併・分割、買収などの場面では、弁護士が法律のプロとしてあらゆる事態を想定したシナリオ(台本)を書く能力が要求される。昨年話題となったプロ野球の経営者側と選手会との対立では、古田選手会長を全面的にバックアップする若き弁護士がいたということである。
決着点(オチ)をどこに設定し、そこに向かってどのような法的手段を踏んでいけばいいか(これもネタ運びの問題)、法的リスク(「スベる」こと)を回避するにはどういう手立てを打っておけばいいか。これは台本作家としての能力が試される場面である。
驚くなかれ、契約書もまた法的リスクを回避し、双方の取引関係を合理的に書き示すための台本なのである。
私自身、最近は個人情報保護の問題に取り組み、企業からの相談を検討し、アドバイスに当たっているが、これなども、どのようにして情報漏洩を防ぐかという「台本作家能力」が試される場面である。

最後に弁護士も漫才師も腕一本のプロということである。
弁護士の場合、司法試験に合格し、司法研修所(例えて言うなら、NSC、すなわち吉本総合芸能学院みたいなものだ。ちなみにダウンタウンはNSC1期、ナインティナインはNSC9期などと卒業期で先輩後輩があるが、司法研修所にも卒業年度毎に○期というのがある。事務所の梅本、片井弁護士は28期。私で51期である。)で研修を受け、卒業試験をパスして、弁護士としての道を選択すれば、資格自体は得られる。
しかし、弁護士の資格を得たはいいが、依頼者から信頼を受けて、その信頼に応えて行かなければ、職業として成り立っていかない。漫才師が舞台やテレビで客を笑わせなければ、ギャラをもらえなくなるのと同様である。
このことはウチの事務所のように、複数の弁護士によって構成される事務所でも全く同じである。吉本興業や松竹芸能もしくは「人力舎」(注)に所属していても、芸人一人一人が芸を持っていなければ活躍できないのと同じである。
漫才師というは客の機嫌を取るだけの単なる「太鼓持ち」ではない。漫才はプロの技と技とのぶつかりあいであり、漫才師は客を笑わせて人を本当に幸せにしてくれる。
弁護士も黒を白と言い含めて人の罪を軽くするという職業ではない。人や企業が社会で活動する際に生じる問題を解決し、人を幸せにするのが理想である。その理想を実現するのは、人を心底笑わせるのが難しいのと同様、難しく、奥深い。しかし、それだけに本当にやりがいのあることである。

弁護士も漫才師と同様、経験がモノをいう世界である。しかし、昨今のお笑いブームを見れば、今、最も面白いのは、コンビ結成10年以内の若手達である。この人たちはセンスも抜群だが、研究熱心であり、惰性で仕事をするということがない。
彼らの姿を見ていれば、弁護士として俄然ファイトが沸いてくるのだ。

注:東京のプロダクション。古くは故マルセ太郎、ゆうとぴあ(ゴムひも芸で一世を風靡?)、シティーボーイズ(大竹まこと、きたろう、斉木しげる)を擁し、去年、東京系初のM1王者、アンタッチャブルを産み出し、そのほか、おぎやはぎ、アンジャッシュなど玄人好みのコンビが多数在籍。乗りに乗っている。