弁護士のエッセイ

2017年07月01日
IPBAオークランド総会とアメリカ旅行

今年の4月と5月にたて続けに海外旅行をすることになった。IPBA(Inter―Pacific Bar Association、環太平洋法律家協会)の総会のためのニュージーランドのオークランドへの旅行、日系二世の知人であるアーチ・ミヤタケ(宮武)さんのお墓参りのためのロサンゼルス旅行である。なお、IPBAとは、環太平洋でビジネスローを取り扱う弁護士が弁護士間の情報ネットワークをつくる機会を提供することを目的とした団体で、1年に1度、各国の持ち回りで開催される総会が主たる活動である。

まずはIPBAオークランド総会だが、開催日は4月6日から9日と冬になる前の季節に開催された。オークランドは初めての訪問である。多分、赤道を超えて南半球に足を踏み入れるのは新婚旅行でバリ島に行って以来であろう。初めてのオークランドは治安もよく非常に住みやすい都市のようにみえた。ただ、海岸部を除いてアップダウンの非常に激しい地形のためジョギングには苦労した。物価はほぼ日本と同じか少し高いというイメージであった。驚いたのは世界でも最も不動産の高い都市のひとつに数えられているそうであり、東京やニューヨークに次ぐくらいの値段だそうである。ニュージーランドの人口は約500万人ということであり、不動産価格の高騰した理由のひとつに中国人による投資があることは間違いないものと思われる。
IPBA総会は、マウリ族による歓迎の踊り(「ハカ」というらしい)と挨拶で始まった。マウリ族の踊りとは世界で名高いオールブラックス(ニュージーランドナショナルラクビーチーム)が試合前に、試合を受け入れ、試合を望んでくれた相手チームに敬意を表すために踊るが、それと同種のものである。ライブで見たハカは、ラガーマンのような巨漢のダンサーによるものではないが、非常に迫力があり興奮させられるものであった。ついで行われた挨拶はマウリ語と英語の翻訳を交互に繰り返して行われた。マウリ語というものも初めて聞いたが、子音、母音が交互になって単語が形成されるという日本語と全く同じ構造である。たとえば、歓迎を示す言葉は「テナコト テナコト」というらしく、昔「テナコト言われてソノ気になって」と植木等が歌ったが、それと全く同じ発音である。意味は全くわからないがマウリ語は非常に耳障りのいい言葉であり、日本語と同根ではないかとも考えた。
IPBAの会議については、いつものとおり期間中の午前、午後には様々なテーマごとにセッションが開かれた。仲裁等委員会の主催する弁護士秘匿特権と仲裁のセッションでは、各テーブルに各国の弁護士が分かれて議論することになり、多くの出席者はコモンロー(慣習法。代表的な国はイギリス、アメリカ)国の弁護士であり、シビルロー(成文法。代表的な国はフランス、日本)国の弁護士の意見を求められた。私も一生懸命に日本の裁判所で和解が成立する典型的な経過を英語で説明した。貴重な経験であった。
次回はフィリピンのマニラでの開催である。初めてのマニラ訪問と各国の旧知の弁護士、新たに知り合う弁護士との出会いを楽しみにしている。

次に久しぶりのロサンゼルス訪問である。
昨年12月に東洋宮武スタジオ(Toyo Miyatake Studio)を経営していたアーチ・ミヤタケさんが亡くなったという連絡を受けた。以前に映画「東洋宮武が覗いた時代」というエッセイを書いたが、東洋宮武スタジオとは宮武東洋(宮武が姓で東洋が名)さんが戦前にロサンゼルスで設立したスタジオで、宮武東洋さんは第二次世界大戦中に日系人が強制収容されたカリフォルニア州内の砂漠の中のマンザナ収容所の内部の写真を撮影していたカメラマンとして有名である。アーチ・ミヤタケさんはその息子で約30年にわたり親しくお付き合いさせていただいたが92歳でお亡くなりになった。私としては、ぜひお墓参りをしたいと思い、息子さんのアレン・ミヤタケさんに連絡して約10年振りにロサンゼルスに行くことになった。
アーチさんのお墓は日系人ばかりが眠っている墓地のなかにあった。実際にはお墓は注文中であったがお墓が建立される場所でご冥福をお祈りしてきた。アメリカは土葬なので、この下にアーチさんが眠っているのだと思いながらお祈りをした。日系人のお墓は日本の和墓とは少し異なり一枚の石の板であるが、真ん中に「○○家の墓」と漢字(中国風ではない日本の明朝体風)と彫られているのがほとんどであり驚いた。ロサンゼルスに石に漢字を彫る職人がいるということに感心した。
今回のロサンゼルス旅行は家族旅行を兼ねており、空港でレンタカーを借りて、ディズニーランドやユニバーサルスタジオなどにも遊びに行った。約10年振りのロサンゼルスは渋滞が頻発して、道の混み方は大阪以上であった。映画「ラ・ラ・ランド」の冒頭シーンもロサンゼルスのフリーウエイの渋滞であり、まさしく同じような状況であった。その他、物価が非常に高くなっていて驚いた。ディズニーランドでは入場料も約1万円であり、ペットボトルの水も数百円していた。変わっていなかったのはナッツベリーフアームにあるチキン専門店の値段である。ロサンゼルスに行くたびにアーチさんが連れて来てくれた有名なレストランで、私の記憶にある値段とほとんど変わりがなくうれしかった。
ディズニーランドやユニバーサルスタジオも日本にあり、初めて私がロサンゼルスに行った1988年と比べると隔世の感があるが、そんなことは何の関心もない娘たちは友人へのお土産探しに余念がないようであった。ディズニー映画で3年前に大ヒットした「アナと雪の女王」のミュージカル版が上演されており、これは東京ディズニーランドにはないショーであった。ミュージカル俳優たちによる迫力満点の歌と3Dのような映像で非常に楽しめた。また、ユニバーサルスタジオのスタジオツアーもUSJにはなく、10年前と比べてバージョンアップしたようでこれも非常に楽しめた。
機会をみつけて、お墓参りを兼ねて再度訪れたいと思う。

弁護士 池田 佳史