弁護士のエッセイ

2012年11月01日
40歳前後とプロ野球

10日前の9月21日、セリーグの優勝チームが読売ジャイアンツに決まりました。エッセイを書くタイミングと合ったので、プロ野球選手について書いてみたいと思います。
その中でも特に、私と同じく不惑またはその前後の選手として今年目にとまった選手について書いてみたいと思います。

今年2000本安打を達成した選手は3人いますが、2000本打つには年数がかかるということもあって、3人とも40歳またはその前後でした。
一人目は、北海道日本ハムファイターズの稲葉篤紀選手です。生まれは愛知県ですが、北海道を第2の故郷として、北海道の約1300校の小学校にリレー用バトンを寄贈するなどの数々の地域還元プロジェクトを行っているらしく、稲葉選手の人柄が伝わってきます。
二人目は東京ヤクルトスワローズの宮本慎也選手です。宮本慎也選手は、2000本安打した選手の中では最年長(41歳と5カ月)で到達し、かつ、名球会(日米通算で200勝もしくは250セーブ、または2000本安打以上が入会資格)入りした選手では初めて通算400犠打を達成しています。自ら脇役と述べているように、自らを犠牲にしてチームの勝利に貢献してきたことがうかがえます。
三人目は福岡ソフトバンクホークスの小久保裕紀選手です。記者会見では「2000本を打つ夢をこれまでに3回見た。」と述べていたらしく、2000本目を早く打ちたいという強い気持を抱いていたこと、プレッシャーを感じていたことがうかがえました。あと1本に迫ったところで椎間板ヘルニアによる登録抹消となり、2000本安打を打つまでしばらく時間がかかりましたので、早く打ってプレッシャーから解放されたいという思いは相当なものだったと思います。

次に、リーゼントがトレードマークの、横浜DeNAベイスターズの三浦大輔投手を挙げたいと思います。シーズン中だからなのか最近はリーゼントではないような気がしますが、ブログに写っている顔写真を見ると立派なリーゼントを見ることができます。「ハマの番長」という愛称を、そのままブログのタイトルにしています。
2008年にFA宣言をした時には阪神タイガースが熱心に獲得に動いたようですが、ベイスターズファンなどの引き留めによりベイスターズにとどまりましたので、大洋ホエールズ時代から20年ほど同じ球団に在籍し続けているという貴重な選手です。
なお、40歳前後ではありませんが、同じ球団に在籍し続けている期間が最も長い選手は中日ドラゴンズの山本昌投手でして、現在も記録更新中(来季で30年目)です。

その次は、所変わってニューヨークヤンキースのイチロー選手を挙げたいと思います。
7月にヤンキースに電撃移籍し、9月のブルージェイズ戦で7打数連続安打を放ったのは、記憶に新しいところです。オリオールズとの優勝争いの最中で大活躍できたからなのか、試合後のヒーローインタビューでは心底喜んでいたように見えました。
クールなイメージがありますが、心底喜んでいる様子や、過去2回のWBCでのイチローのはしゃぎっぷりをみていると、来年のWBCにも個人的には参加してほしいと思います。過去2回の時と比べると年齢も上がってきているので、ペナントレースに向けた調整を重視して、WBCと時期が重なる春季キャンプへの参加を選ぶのかもしれませんが。

最後に、阪神タイガースのぎりぎり40歳前後?である金本知憲選手を挙げたいと思います。骨折しても片手でヒットを打つなどして1492試合連続でフルイニング出場したという、まさに鉄人の名にふさわしい選手でした。
そんな金本選手が引退会見で話した「10歳から始めて7割8割はしんどくて2割3割しか喜びがなかった。だけど、その2割3割をずっと追い続けてきた。」という言葉には、重みがあると思いました。
自らの仕事への取り組みを振り返って共感する人は多いと思いますが、公の場で言えるのはすごいことだと思います。「若い頃にもっとバットを振っておけばよかったという思いもある。」と悔いる気持も述べていましたが、他方で、できるだけのことはやってきたという思いがあるからこそ、「2割3割の喜びを追い続けた。」と言えるのだと思いました。

激しい競争社会の中で戦っているプロ野球選手の言動からは、感銘を受けることが多いです。

弁護士 木ノ島 雄介