弁護士のエッセイ

2012年09月01日
誰のために苦い薬を作るか

大阪弁護士会では、弁護士は弁護士会への登録後5年たつ毎に倫理研修を受けなければならない。僕はもうそろそろ登録後7年目に入ってしまう弁護士なので、この研修を受けるようにとのお達しが弁護士会から送付されてきている。
昨今、法曹三者(裁判官、検察官、弁護士)の不祥事が後を絶たない。それ事態は法曹も人間である以上、避けられないことではあるが、問題なのは不祥事が増えつつあることだ。クライアントの金を横領する弁護士、証拠を捏造する検察官、つい最近では裁判官が盗撮で逮捕された。法曹といえば、いってみれば倫理や正義を商売とする職業であるのに、こういったものを少なくとも一時的に捨て去ってしまう人が出て、そういう人が増えてきているのである。
法曹の倫理というのは常々考えさせられるテーマではあるが、特に最近は不祥事のニュースを見る機会が増えたためか、それを考えなければいけない機会が増えたように思う。
ただ、今回取り上げたいテーマはそんな法曹全体の大きな問題ではなく、僕個人の弁護士的な悩みというか、決意というかそういうものである。具体的には普段、誰のために仕事をしているのかという観点から書いてみたい。
結論からいえば、弁護士は、当然のことながら、クライアントのために仕事をするのである。しかし、ことは単純ではない。
さて、あるクライアントが相談を持ってきたとしよう。その相談を一通り聞いてアドバイスをする段階になり、全体として、クライアントが考えているよりも有利な内容のアドバイスができる場合はどの程度かといえば、せいぜい30%程度ではないだろうか。逆にいえば70%程度はクライアントが考えているよりも不利な内容のアドバイスをしなけばならないだろう。
全体として有利な内容のアドバイスができる場合というのは、クライアントが何らかの権利の実現や被害の救済を望んでいるが方法が分からない場合にその具体的方法をアドバイスできる場合や、クライアントが考えているよりもより有利な解決ができる可能性をアドバイスできる場合だ。
逆に、不利な内容のアドバイスをしなければならないのは、クライアントが望む内容を実現する方法がない場合、解決の可能性が乏しい場合、クライアントが過大な内容を望んでいる場合などだ。
では次に、クライアントにとって有利な内容の、あるいはクライアントが期待していたのとほぼ同じ内容のアドバイスができたとして、その案件の代理人となることを受任した場合、弁護士の悩みは少ないかといえばそうではない。弁護士は自分の見通し以下の解決にならないように細心の注意を払う必要がある。解決の内容が自分のアドバイス以下であった場合、それはそっくりそのままクライアントの解決内容への不満、自分への不満として跳ね返ってくると考えなければならないからだ。解決までの経過が思っていたより芳しくなくなれば、自分のアドバイスが解決までの自分への枷になりかねない。
例え同じ結果になっても、クライアントに有利すぎたアドバイスは、最初から結果と同じ見通しを立ててアドバイスした場合と比べれば、クライアントの結果への不満、弁護士への不振が無駄に発生してしまう点、クライアントにとって望ましくないアドバイスだったということになってしまう。
昨今、弁護士業界にも競争の時代が到来し、弁護士人口の急激な増加で弁護士も客を取らないと飯が食えないという状況になりつつある。こういう状況は弁護士の心理状態に影響し、それがクライアントへのアドバイスにも波及しているのではないかと危惧している。顧客を少しでも多く誘致しようと思うあまりクライアントに客観的には有利に過ぎるアドバイスをしてしまう傾向にならないかという危惧である。後にも述べるが、クライアントが考えていた内容より不利なアドバイスというのは、クライアントにとっては「良薬口に苦し忠言耳に逆らう」である面は否めない。クライアントとしては、自己によってより有利な内容のアドバイスをくれる弁護士に事件解決を依頼したいだろう。しかし、客観的にクライアントに有利にすぎたアドバイスがクライアントの利益にならないことは先に述べたとおりだ。クライアントが望む結果をさも実現できるかのようなアドバイスをして、全く実現できなかった場合には最悪だ。クライアントは全く無駄な弁護士費用の支出まで強いられてしまうことにもなる。
そこで、クライアントの権利の実現を図りつつ、クライアントとの間で中長期的な信頼関係を築いていこうと思えば、弁護士は、クライアントに有利にすぎるアドバイスをするのは慎まなければならない。
次に、弁護士がクライアントにとって不利な内容のアドバイスをした場合である。クライアントにとって自分に不利な内容のアドバイスが心地よく聞こえるはずはないし、他に有利なアドバイスをする弁護士がいればクライアントはそちらへ行ってしまう可能性もあるから、クライアントにとって不利な内容のアドバイスというのは弁護士にとっても気持ちがいいものではない。
しかし、不利なら不利と指摘しなければ事件解決にはならない。人間社会の対立というのは対立当事者のいずれか、あるいは双方が、客観的にみれば過大な期待、要求をしている場合が多いからだ。そのような場合に事件を解決するためには、まず過大な期待をしている側がそのことに気づかなければならないのであるが、クライアント側が過大な期待等をしている場合はままあることである。
もっとも、クライアントに客観的には妥当な指摘をしてもクライアントが納得しない場合がある。そういう場合にはこちらの都合で裁判に至ってしまう場合がある。自分達の精一杯のアドバイスを聞き入れてくれないクライアントについては、弁護士には事件を降りるという選択肢がないではない。しかし、基本的には、クライアントがアドバイスに従わないばかりか積極的に違法な行動に出るのでなければ、最後までクライアントに寄り添ってクライアントへの説明を尽くし、その理解を得るよう努めるのが弁護士の仕事である。このような状況は聞くだけでも弁護士に辛い状況とわかってもらえる状況かと思うが、実際、弁護士にとって非常に辛い仕事となる。クライアントの味方として一生懸命やっているにも関わらず、最悪、「センセイは誰の味方やねん」と言われてしまう場合もありうる。
いずれにしても、弁護士の仕事というのは常に、必ずしもクライアントの望む解決内容ではなくして、客観的にあるべき解決内容をアドバイスし実現することにあるということだと思う。それが結局、自分のクライアントにとって最も有利なアドバイスになるからだ。もうそろそろ7年目の僕はそう思って仕事をしている。このようなスタンスで仕事に臨んでいてもなお悩み続ける日々ではあり、さらに10年、20年この仕事を続けた場合に、自分のスタンスが維持されているのか、別なものに変化しているのかもわからないが、悩むこと自体が仕事であるような気もする。
何度か読み直してみて手直しもしたがどうしても書きかけ原稿のようになってしまう。現在進行形の悩みなので仕方がないか。

弁護士 高橋 英伸