弁護士のエッセイ

2018年06月01日
次のアクションは何ですか

うちの事務所では月2回、事務所会議として、ランチした後に、弁護士、事務職員全員が揃うミーティングがあります。
新たに受任した案件の大まかな報告、新しい顧問先を報告しあったり、事務所運営のための相談をしたりします。どうやったら事務を効率化できるかと知恵出ししたりもします。

その事務所会議で、時々、メンバーが持ち回りで近況報告します。事件に関する特記事項、私的生活などといった項目と共に、「最近心がけていること」も話します。
この間、私の番が回ってきたので、心の中で少し準備していましたが、議題が多かったので、次回回しとなりました。
そのとき頭の中で準備しておいたことを書いてみます。

最近心がけているのは、次に何をしたらいいか考えることです。前から思っていることではありますが、より一層心がけています。
仕事がたくさん溜まって、何から手を付けていいか分からなくなるとか、悩み事がボンヤリとあって、なんだか物事が進まないということがあります。
そういうとき、とりあえず、頭の中で気になっていることや、すべきことを紙に箇条書きで書きだします。
よく自己啓発本で、それだけで頭がスッキリします、と書かれていますが、どちらかというと、書きだすと、あれもこれもとなって、余計に気が滅入ってくるという方が多いように思います。
それでも、気になっていることを可視化することは意味があると。
そして、気が滅入りつつも、とりあえず、上から順番にやってみる。そうすると少しずつはスッキリしてきます。

20年ほど前、とあるテレビ番組で出演者が言っていた(ような記憶です)。成功する奴は、プールの水をスプーン一杯で汲み出し始めることのできる奴だ(的な)。
これは、まずはアクションを起こしなさい、そうすれば道は開けます、という意味で、よく分かる表現だなと今も思います。
やってみて初めて別の方法を思いつくこともあります。周りの人たちが手を差し伸べてくれることもあります。
「プールの水は何トンあって、スプーンで掬えるのはごく少量、これはちょっと難しいな…」と呆然としているだけでは、事は進みません。
無理なら無理と割り切って、別のことをしても構わないのですが、なにせアクションを起こすことが大事だという意味に受け取っています。
解決しようとしないで、心静かに過ごしましょう、という禅の教えとの兼ね合いは難しいです。私としては、今自分ができることを一生懸命やりましょう、という意味に解釈しています。

自分で言い始めたか、事務所の梅本所長の教えかは定かではありませんが「犬も歩けば棒に当たる」も信条の一つです。
ともかく外に出かけてみれば、出会いもあるし、経験も増える。でかけたところで何も起こらないかもしれませんが、逆こそ真なりで、じっとしていても、何も起こりません。
(そういえば、最近は事務所と家の往復が多いかもしれません。根が内向的なので。もうちょっと出かけようかな…。)

一般に「できない理由ばかり言うな」ということを言われます。確かに、できない理由をダラダラと言っていても、道は開けないですね。
でも、できない理由を上げることも無意味ではありません。できない理由がハッキリすれば、それを克服するにはどういう方法があるかと考え始めることができるからです。
そして何か今できることからアクションを起こしてみる。少しずつでも上手くいくかもしれません。

私が法律相談にのるときも、考えられる限り分析した上で、その上で次のアクションはどうか、ということを意識して相談に乗ることを心がけています。
依頼者の弁護士に対する不満としてよくあるのが「『できません』『難しいです』って、裁判官に相談してるんじゃない。そこを何とかするのが弁護士でしょ。」というセリフ。
もちろん「黒を白に変える方法を教えろ」、「法の抜け穴を探してくれ」といった不正、違法な要求、実現できない依頼に応じてはいけません。
そうではなく、Aという理論、方法が無理であれば、真の目的は何かを見定め、その目的に適うBという理論、方法がどれだけ思いつけるかが腕の見せ所だと思っています。
法的に何も思いつかないのであれば「諦めて、ほかのことに集中すべきではないでしょうか。」というのも「あり」だと思っています。
それこそが依頼者の幸福につながるという確信のある限りにおいてはです。でも、そこに至るまで、さんざん弁護士としての知識経験をつぎ込み、調査検討をして考えないといけません。
よく考えもしないで「それはちょっと難しいですね…」とは言わないように自戒しています。
要は、次のアクションが何なのかを考えて、実行すれば、吉と出るか凶と出るかは(極端な話)神のみぞ知るですが、何か結果は出ます。
もちろん法的にきちんと分析して、見通しを立てたうえですが。
その時々でベストと思う判断をしてやってみて、もし上手くいかなければ、その時点で、またその時点でできるベストのことをする。その方が充実してますし。

…話が逸れたような逸れてないような。

経営者である友人が言っていました。
「何も考えていないのは絶対にダメだが、考えた上での失敗は全然有り。何もしないのが最もいけない。」。
裁判は別として、私の普段の行動基準として取り入れています。
そんなにアグレッシブな性格でもないので、そこまでの覚悟ができなかったりしますが、意識することは大事ですよね。

弁護士 嶋津 裕介