弁護士のエッセイ

2013年04月01日
「頭がいい」って、どういうこと?

弁護士会でいくつかの研修を受けました。
講師は弁護士であったり、そうでなかったりしましたが、聴講していると「この先生、頭いいな~」という講師もいれば、「そうでもないな~」と思ってしまう講師もいました。自分の知識、理解力を全く棚に上げてのことなので、全く不遜なことですが。
何言っているか次第に分からなくなる話を耳にしながら、ふと思ったのは「頭がいい」ってどういうことなんやろ、ということでした。

高学歴のタレントが出てくるテレビのクイズ番組があります。世界史に登場する人名など知識を問うものもあれば、IQ(知能指数)検査のようなクイズもあります。ああいうのを見ていると「この人、頭いいな~」と思ったりもします。
頭がいいというのは、何でもよく覚えているとか、計算が早いとか、本の内容を瞬時に理解できるとか、記憶力、理解力の面をいうことが多いと思います。これは基礎としては重要なのだと思います。

でも、人の頭のなかを見ることはできません。私などは、人が話しているのを聞いたり、人が書いたものを読んだりして、論旨明快、分かりやすい、聞いていてすんなり頭に入ってくる、その人が何を考えているのかがよくよく分かる、「なるほど、そういうことか」と分からせてくれる、そんなときに「この人、頭いいな~」と思います。
その反対は、話があっちいったり、こっちいったり、前提となる事柄(業界でしか通用しない専門用語)が分からないから、そこから先何を聞いても分からない、幹の話と枝の話がごちゃごちゃなので何が大切なのか分からない、聞いている方が脳をフル回転しても付いていけないスピードで話される(よくあるのは研修セミナーなどで聴衆の顔色を全く見ずに、下を向いて原稿を読み上げるパターン)から、なんのこっちゃ分からない、というようなときです。
こういうときは「この人、難しそうなことしゃべっているからきっと賢いんだろうけど、何にも伝わらないから、残念だなあ。」と思ってしまいます。

弁護士は頭のいい人がなるものだと普通は思われるでしょう。司法試験が今もなお難関であることは変わりません。ちなみに、私も弁護士ですが、自分で頭がいいとは正直あまり思っていません。学生時代、司法研修所、法曹界、のみならず仕事、青年会議所、様々に出会った尊敬できる人たちの方がずっと「頭がいい」と思っています。ただ、頭をあちこちぶつけながら、いろいろ工夫をして積み重ねてきたという自負だけはあります。

話を元に戻します。確かに、デキる弁護士の講演を聞いていると「さすが〇〇先生、頭いいわ~」と思うことも大いにあります。他方で「この××先生、かっこつけてしゃべっているけど、内容ないわ~」と思うこともよくあります。

分かりやすく話せるかどうかは、その内容を本質から理解できているか、そうでないかによるというのが私の実感です。結局、分かりやすい話というのは、話し手自身がその内容を客観的、科学的、論理的に理解できているから、聞いている方も、常識レベル、論理レベルで(無意識ながら)絶えず反証を試みながら、聞くことができるのだと思います。
確か新聞に書いてありましたが、黒田日銀新総裁の持論として、科学的であるとは反証可能性があるということだ、というのがあるそうです(大体そんな意味と理解しました)。私の理解でいえば、結論に至る理由が論理的に示されていれば、その結論が正しいのか、正しくないのか、別の結論と比べて、どちらがより妥当なのかは反証できる、しかし、そうでないと、何が正しくて、何が正しくないか、後で検証、反省もできず、更なる発展も生まれない、ということだと思います。
…話が少しずれてきましたが、結局、分かりやすい話とは、その原因を探っていけば、聞き手が理解、共感できる言葉、論理的な言葉で語られているということだと思います。つまるところ、分かりやすく話せる人は「頭がいい」のではないかと思います。
もちろん「論理的」というのは難しい言葉を使うという意味ではありません。聞き手の知識、理解度、気持ちを推し量りながら、言葉を瞬時に選んでいくのも、「頭がいい」の要素だと思います。
「頭がいい」の例として、自分に都合のいいところだけを切り取って、相手に反論の余地を与えないように巧みに言葉を選んで、相手を思いのままに動かすというパターンがあります。私はそんな「頭がいい」は好きではありません。

でも、こう考えてくると、分かりやすい話をする人が最も頭のいい人となりそうです。
しかし、分かりやすいニュース解説で定評のある池上彰キャスターも、頭のいい人だと思いますが、この人が日本で「最高に」頭がいい人かどうかはわかりません。また理解力、表現力の優れた人が陥りがちなことに、単に「物分かりのいい人」になってしまう危険もないではありません。単に「口下手」という人もいるでしょう。

本当に頭がいい人とは、誰も答えを見つけられず、前にも後にも踏み出せないような状況の中でも、物事をあるがままに見ることができ、何かしら次の一手を考えついて、周囲の人々を説得し、そして言うばかりでなく実行に移せる「勇気」のある人だと思います。

永遠の目標ではありますが、自分もそんな頭のいい人を目指したいなと思います。
そんな気持ちも込めて、最近、標語を考えてみました。
「打てる手が残る限りは悩まない。打てる手を打ったら後は悩まない。」どうでしょう。

付け加えていうと、論理を超えて、相手の気持ちがよく分かる、そんな優しい人も「頭がいい」といっていいかもしれません。
そう考えると、頭がいいかどうかなどは人が勝手に決めることであって、どうでもいいことなのかもしれませんね。

弁護士 嶋津 裕介